ファントム オブ ザ 成均館 その54 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンは黙って立ち上がると、鬢に残っていた酒をゆっくりと墓に掛けまわし、そして墓前から下がった。ユニに場所を譲るように。そしてユニが墓前に近づくのをじっと見ていた。

 

 混乱しながらも、ユニは墓に近づいた。墓標はない。ただ、最も新しい墓だからすぐわかるとは言われていた。確かに周囲とは違いまだ土の色が濃い。何年かすれば草生し、周囲と溶け込んでしまうだろう。けれどこの場所を忘れまい、とユニは墓前に額づいた。

 

 ユニはジェシンのように酒などの供物は何も持ってこなかった。けれどユニは立ちあがり、胸を張り、大科に合格したことを高らかに報告した。それが一番の供物であると分かっていた。師にとって、弟子が最も良い結果を出すことが一番であるのだと、チョン博士からも聞いていた。

 

 その宣言をジェシンは静かに傍らで聞いていた。そしてしばらく静かな時を過ごすユニを見守っていた。言葉は多くいらないとジェシンも思っている。ユニが来る前に、酒を捧げながらただ墓を撫でた。それだけで兄と通じ合える気がしていたから。

 

 顔を上げたユニと視線が交わる。ジェシンはもう一度墓に頭を下げて、黙って歩き出した。後ろからついてくる気配を感じながら。どちらにしろ、今日、話をしなければならない。兄が短い生涯で唯一持った弟子であるキム・ユンシクと。

 

 少し離れたところにある大木の下で二人は向き合った。そこからはヨンシンの墓が他の墓の間から少し望めた。振り返ったジェシンの傍に近づいたユニと、少しの間沈黙のまま見つめ合い、座れよ、とジェシンが言って二人で木にもたれて並んで座った。

 

 「サヨン・・・どうしてあのお墓にお参りに・・・?」

 

 ユニは待たなかった。だからジェシンもはっきりと伝えた。

 

 「ああ。俺の兄の墓だからな。」

 

 

 俺の兄はムン・ヨンシンという。そうジェシンが続けたとき、一瞬ユニは頭が真っ白になっていた。遅れて入ってきたその言葉に縛りが取れ、思い切りジェシンを見上げてしまった。座ってもジェシンの方が圧倒的に高い位置に貌があるのだ。

 

 ジェシンの顔は静まっていた。落ち着き、凪いでいた。その瞳は垣間見える墓へと向いていた。俺の尊敬する大切な兄の墓だ、とジェシンはもう一度言った。

 

 「お前が兄上に可愛がられているのは聞いていた。弟の俺にも内密の存在だったんだ、兄上は。お前との交流がきっかけで、俺は兄上に会う事が出来た。お見送りすることができた。ありがとう、シク。」

 

 「ありがとうって・・・あ・・・僕・・・知らなくって・・・。」

 

 「当たり前だ。兄上はお前に余計な情報を与えては学問の邪魔だと思ったのだろう。俺が気づかなければ、俺に会うつもりもなかったようだ。お前がきっかけをくれた・・・何しろ俺は、兄上は亡くなられたと思って生きていたからな。」

 

 「だって・・・流刑先でお亡くなりになったって・・・。」

 

 「ああ。ほぼ死んでいた、らしい。だが、様子を見に行ってくださったチョン博士のおかげで生き返った、というか少しだけ死期が伸びた、というのが正しいか・・・兄上はおっしゃったよ、余生を貰った、と。この余生を使いたいと思ったのが成均館なのだそうだ。」

 

 「僕・・・お名前をお聞きしたのもお会いした最後の日で・・・ヨンシンという名しか教えていただけなくて・・・もっと早く聞いてたら・・・。」

 

 「聞いても教えなかったろう。だが名だけ最後に教えたのは・・・そうだな、お前への礼だろうよ。」

 

 「礼?」

 

 「兄上が教えてくれた。お前は兄上の唯一つの形見だそうだ。何かを教えることができたたった一人だ。何かを残すことができたというなら、それはお前だそうだ。兄上の生きた証、生きがいだった。お前が兄上の寿命を延ばしてくれたんだな。それで俺は兄上に会えた。」

 

 うそ!とユニは叫んだ。どうしてサヨンはそんなに淡々としてるの。悲しいのに、辛いのに。どうして!

 

 ユニが叫んでも、ジェシンは淡くほほ笑んでいた。

 

 

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