ファントム オブ ザ 成均館 その53 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 大科には四人共無事合格した。最終の順位を決める殿試までの間も、ユニは薬房で茶を頂いていた。その時、チョン博士がユニに伝える事がある、と言いだした。

 

 「お前の師の墓所を教えよう。殿試が終れば報告して来ればいい。」

 

 ユニは顔を上げた。そこにはいつもの真面目腐った顔の博士がいた。

 

 「もう一つ、私からの伝言もある。お前の弟子は、暫くの間はまだキム・ユンシクとして生きねばならないだろうから、見守るように、と。」

 

 ユニは何も言えない。何を言っているのかわからなかった。

 

 「王様から呼び出しが来た・・・。地方勤めを志願しているようだな。そこで入れ替わるつもりだったのだろうが、王様はお前を含める四人を手元で働かせたいと。だからお前の地方派遣はないものと思った方がいい。」

 

 ユニは目の前が真っ暗になった。ではどうやってユンシクと入れ替わればいいのだ。ユンシクはもうユニの背丈を超えた。声も低くなってきている。幸い顔はまだそっくりだが、体格はごまかせない。今でなければ、と自分の大科合格にほっと胸をなでおろしていたというのに。

 

 自分の名を呼ぶ声に、ユニはハッと意識を取り戻した。しばらく呆然としていたらしい。

 

 「・・・僕は・・・どうすれば・・・。」

 

 計画が音を立てて崩れていく気がした。あと少し。あと少し。あと少しで身をやつしていることが発覚する恐ろしさと後ろめたさからは解放されるはずだったから。少し残念だけれど。

 

 残念?

 

 ユニが胸の隅に点った疑念に気を取られていると、チョン博士はまた名を呼んだ。

 

 「キム・ユンシク、最期まで聞きなさい。一年・・・辛抱するのだ。その頃に機会が巡ってくるはずだ。必ず・・・。そうでなければ一緒に方法を模索してやろう。だからお前は一年、なお一層身辺を律して、慎重に生きるのだ。それを彼の墓前に誓ってきなさい。」

 

 博士がそう言ってくれるのなら、何かあるのだろう、とユニは少し胸をなでおろした。でもなぜ、私はこの生活が終ることを残念に思ったのだろう、という疑念は残ったままだったけれど。

 

 

 

 殿試が終れば、ユニ達大科に合格した者は成均館を卒業したのと同じことだった。次の日に、すぐに部屋は引きはらわれた。早朝の旅立ちは、門前でそれぞれが実家への道をたどるだけのもの。どうせ7日後には放榜礼で会う。

 

 ユニは荷物を負い、すたすたと歩いた。皆と別れてから行くところは決まっていた。供が迎えに来たソンジュンと、馬でなければ荷が持ち帰れないヨンハ、荷が少なすぎてさっさと行ってしまったジェシンとはすぐに道が分かれたために行きやすかった。流石に南山谷の実家の方向からは外れるからだ。

 

 成均館を囲む泮水の集落の外側を回るような形で、ユニは北に向かった。家が途切れ、饐えた生活の匂いもしなくなり、丘陵上になっている小道に向かうと、あたりには明らかに土饅頭と思しき小さな土の山がある。ほとんどが草生しているのは、参る人がいないからだろうか。時にまだ土の色が濃いものがあるのは新しい埋葬者がいたことのあかしだ。

 

 そこは泮水に住む最下層の者たちの墓場だった。そしてそれを横目で見ながら小道を昇ると、途中からはふもとのものと比べれば倍ほどの土饅頭が見え始めた。草生してはいるが、ぼうぼうには生えていない。手入れがされているのだ。その中に一つ、まだ草の生え切っていない土饅頭がある。そこがヨンシンと名乗ったユニの師匠の眠る場所だった。

 

 この墓所は、成均館で亡くなる、または成均館の近くで眠ることを希望した博士たちの墓だ。その中に、博士ではないが、成均館のために尽くした彼は仲間に入れてもらえていた。ユニは胸を熱くしながら近づいたが、はた、と足を止めた。そこに先客がいたからだ。

 

 土饅頭の前にうずくまり、その土の肌を撫でながら、持ってきた酒の土瓶を傾けて振りかけている後ろ姿は、ユニの良く知る人のものだった。

 

 サヨン。

 

 ユニの声が静かな墓所に響いた。

 

 

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