赦しの鐘 その113 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 甘やかなユニとの夜を思い出さないように、ジェシンは大きく伸びをしてあくびを盛大に声まで上げてやってやった。新婚故、としばらくは免除されていた宿直も、普通に回ってくるようになったのだ。この晩はヨンハと一緒で、けれど交替で仮眠は取るので、今からしばらくはジェシン一人の時間だった。

 

 夕餉の弁当を届けに来た下人は、弁当以外にももう一つ小さな包みをジェシンに渡し、おじょ・・・若奥様がお夜食に、と加えられました、と言い置いて帰って行った。呼び方が定着しねえのは俺だけじゃないだろうが、と、未だにお嬢様呼びをしてしまう屋敷の下人下女たちにべえ、と胸のなかで舌を出してやる。これはユニも悪い。お嬢様、と呼ばれても、そのまま返事をしてしまっているからだ。

 

 夕餉はヨンハと宿直室に合流したときに共に食い、先にジェシンは仮眠をとった。今から明け方までがジェシンの担当だ。何をするわけでもない。大体皆自分の仕事の残りを持ち込んでいる。ジェシンはまだたいして重大な仕事を任されているわけではないので、手持ち無沙汰に詩集でも読もうかと一冊は懐にねじ込んできていた。

 

 仮眠中に聞いた鐘の音からはもう時刻はかなりすぎている。火鉢に湯はあり、白湯で口内を潤してから、ジェシンはどっかと椅子に座った。包みに手が伸びる。紙で包まれていたものは、塩で味付けした餅だった。少し笑んでしまう。ジェシンは甘いものを好まない。菓子もほとんど食わないが、餅は別だった。だが味付けに甘さを加えられると欲しくはなくなる。だからジェシン好みの塩味をちゃんと用意するユニに、流石俺の妻、と鼻の下が伸びる気がする。

 

 むしゃむしゃと一つ口に放り込んで咀嚼していると、外にざわめきが聞こえた気がした。気配というのだろうか。気が付いたとたんに扉がばん、と開き、そこには王様が仁王立ちしていた。

 

 ジェシンは咄嗟に餅を飲み込むことが出来ず、さりとて挨拶しないわけにはいかず、口をもごもごさせて会釈するしかなかった。勿論王様を見た瞬間に椅子から立ち上がり、壁際に後ずさりはしている。けれど口の中の餅はどうしようもなかったのだ。

 

 「宿直、ご苦労である!」

 

 ご機嫌な様子の王様は、ジェシンの様子に構わず、どかどかと入り込み、椅子に座った。そして頭を浅く垂れているジェシンに、そちも座れ、と命じて来る。まだ口の中の餅はなくなっていない。

 

 王様がこうやって宿直している官吏の下に来るのは珍しい事ではない。王様が不眠気味であるのは有名で、実は成均館にもよくお忍びで夜中に散歩にやってきていた。王宮と成均館は隣のようなものとはいえ、警護も大変だろうな、と押しかけられた方は思うしかなかったのだが、その頃から『花の四人衆』であるソンジュン筆頭の四人のところに良く出没した。学問好きの王様は、優秀な儒生が好きで、勿論ソンジュンやジェシンに期待も大いにかけていたが、何よりもユンシクのことを気に入っていたのだ。すい星のごとく現れた、隠れた若き才能であること、それ以上にやはり、ユンシクが優秀でありながら世間知らずで、人に騒がれるほどの美しい容姿をしながらおぼこいところが、からかい好きの王様の何かを刺激していたらしかった。宿直は若い官吏がすることがほとんどで、王様は普段は会話する機会がないそんな若者たちとの交流を求めて仕事の邪魔をしに来るのだ。ジェシンもやられたのは初めてではないが、意外なことにユンシクは全くされた事はないと聞いていた。

 

 ままよ、ともごもごしながらジェシンは王様の前に座った。王様はすぐにその様子に気付き、勿論卓の上に広げてあった紙包を見つけて、ジェシンが夜食を取っていたことはすぐに悟って笑った。

 

 「食事の邪魔をしてしまった、許せ!」

 

 ちっとも悪びれない許せもあったもんじゃない、と思いながら、ジェシンは餅をようやく飲み込んだ。失礼いたしました、と頭を下げると、夕餉であるか、と心配げに今度は聞いてくるので、妻が持たせた夜食で、夕餉は別にとったと答えたところ、興味深げに残っている餅を眺め始めた。仕方がなく、召し上がりますか、とつい言ってしまってから、王様が安易に物を食べる事はないと思い出し、すぐに撤回しようとしたところ。

 

 「良いのか。一つ賞味しよう。」

 

 と一つ摘み上げられてしまったので、どうしようもなくなってしまった。

 

 

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