赦しの鐘 その70 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 その日の午後、ジェシンはハ・インスが急いで成均館の門を出ていくのを見た。一人だった。いつも護衛のようにカン・ムを引き連れているか、誰か取り巻きのようなものが金魚の糞のように後ろをついて言っているか、どちらにしろ一人でいることがない男だったから目についたのかもしれない。

 

 ジェシンは、その日、貸本屋に行くというユンシクについて行ってやるつもりでいたのだが、小論の昔なじみに呼び止められて、知人の訃報を教えられていた。気を使ったユンシクが、ドヒャン兄上に言うから、と立ち話をしているドヒャンのところに走って行ったので、話をつづけたのだ。通っていた学堂の師匠の奥方の訃報だったので、無視もできなかった。悔みに行く相談をして、辺りを見回すと、講義終わりの儒生たちがまだ大勢中庭でたむろしていたので、たいして時間は経っていないと判断し、ユンシクに追いつけるかと門の方へ向かってみたのだ。果たしてユンシクのドヒャンの姿はなく、ハ・インスの後ろ姿を見る羽目になってしまっただけだったが。

 

 東斎に戻ろうとして、もう一度ジェシンは振り返ってしまった。背筋をすっと撫でる感覚があったような気がしたから。もう、インスの背中は見えなかった。

 

 中二坊に戻ってみれば、ソンジュンもいなかった。儒生服から着替えて出てきたヨンハに聞くと、ユンシクにくっついていったという。ドヒャンもウタクもヘウォンも連れて行ったみたいだ、と聞いて笑ってしまった。何を大所帯で、と思ったが、それだけ人数がいれば大丈夫か、と縁側で転がっていた。

 

 しかし、夕刻になって戻ってきたユンシクを見て、ジェシンは跳ね起きた。ソンジュンがかばってはいたが、足を引きずり、頬にはぶたれた跡があった。二人の後ろからはうろたえたように荷を胸に抱いたドヒャンたちが従ってきていた。どうした!と叫んだジェシン。こんなに大の男が揃っていて何が、というところだ。何しろ怪我をしているのはユンシク一人なのだから。

 

 「・・・怒らないで、サヨン・・・。」

 

 縁側に座らせて赤くはれた頬を凝視するジェシンにそう呟くと、申し訳ない、と横でソンジュンが頭を下げていた。ドヒャンたちは荷をそっと置くと、慌てて東斎から退散していった。それを見送りもせず、ジェシンは黙ってユンシクを見ていた。

 

 「誰にやられた・・・。」

 

 「えっと・・・。」

 

 「俺が説明するよユンシク。」

 

 言いよどむユンシクを制して、ソンジュンが答えた。ソンジュンはさっさと水を汲んできて、濡らした手拭いをユンシクの頬に当てさせていた。

 

 「貸本屋の外にいると、声を掛けられました。」

 

 仕事の話をするユンシクの邪魔をするわけにもいかず、ソンジュンはしばらくすると店の外に出たという。ドヒャンたちは店の本の品定めをして店内に残っていた。ユンシクは奥の部屋で今回の仕事の報酬をもらい、次の仕事の説明を受けていたのだという。

 

 「西掌義の妹ご・・・ハ家のご令嬢でした。下女一人つけて元気なさげに立っていたので、込み入った話なら困ると、言われるがままに一本路地を入ったのです。」

 

 そこには令嬢が乗ってきたらしい籠が一丁、そして担ぐ男衆二人、屈強な供が一人いた。

 

 「話は・・・ハ大監が、令嬢と俺との縁談が壊れたのを、令嬢を責めるのだという話でした。令嬢が失敗したせいで、俺の父がハ大監を冷遇すると・・・。だからもう一度縁談を考え直してくれないか、というものでした。勿論・・・断りました。」

 

 「壊れるほど整っていた縁談じゃねえもんな。」

 

 「そうです。申し込まれて断った。それだけの話ですし、ハ大監と父の関係がそんなことでこじれたわけではないと思います。あまりにも悲壮で、自らが犠牲になったら、というようなお話をされるので、婚約の話は関係ないですからご心配なく、と言うとですね、令嬢が泣きだされまして・・・。そこにユンシクが俺をさがして路地を覗き込んできたんです。」

 

 供の男が、令嬢の取り乱しようを見て激昂したらしい。つかみかかろうとしたところを、ユンシクが駆け込んできてソンジュンの前に立ちふさがり、供の男の拳が左ほおに、そのはずみにふらついて右脚をひねった、というわけだった。

 

 「娘にまで自分の窮状を垂れ流すとは・・・。」

 

 顔をゆがめたジェシンには、嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

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