赦しの鐘 その69 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 息をひそめるように日々は過ぎた。静かすぎた。いや、成均館は今まで通り、若い儒生達の活気で溢れ、試験のたびに阿鼻叫喚があり、その中にジェシンも、勿論ハ・インスも普通に存在していた。ただ、ハ・インスが度々屋敷に呼ばれて戻ることが増え、ユンシクの筆写の仕事の行き帰りに常に付き添いがつくようになったぐらいが変化だろう。それも、儒生としてあるべき息子を呼び返さねばならないインスの家の異常や、小柄ではあるが子どもではない青年の外出に護衛が射ることの異常がおかしいと誰も気づかないだけだった。

 

 ユンシクの付き添いは、グダグダと説明しなくても、ソンジュンとヨンハは即座に首を縦に振った。何も聞きはしなかった。ヨンハは時々ふらりと妓楼に行ってしまうが、ソンジュンは大概成均館内でもユンシクと行動を共にしていたし、ジェシンだって同じことだから何も生活が劇的に変わったわけではない。ただ、時に、なぜか用事がかち合う事がある。ソンジュンが大司成に呼ばれたり、ジェシンが博士に呼ばれたりして、待っていろと言ってもさっさと貸本屋にユンシクが行く時がある。ヨンハもいない時など、ジェシンはドヒャンという老論の親父儒生をひっ捕まえてユンシクのお守りをさせた。ドヒャンはユンシクを息子のようにかわいがっていて、酒をちらつかせると喜んで付き添いをしてくれた。その酒はヨンハの部屋に置いているものをちょろまかすのだが。何しろ筆写の仕事の納入受け取りは幾日も日を置くので、上手くいっていた。

 

 ユニが外出したがっている、とは二回あった帰宅日で把握していた。帰宅日ならジェシンがついて貸本屋にも市にも連れて行ってやれた。だが、実家に行くには少々遠すぎた。道程が長ければ危険は増える。今更ハ家がキム家に目を向けて何をするわけではない。ハ・インスの父親がかけられている嫌疑は全くの別件だ。ただ、それはひそかに捜査されているから、表向き、ハ大監が左議政から距離を置かれるようになったのはキム・ユンシクの登場によってかつての過失とその後の対応の冷たさが露になったせいだと、ハ・インスは思っているかもしれない。それがユンシクに来ている間はいい。成均館ではソンジュンもジェシンもいる。しかし本気で逆恨みをもったとすれば、脅しにぐらいは来るかもしれない。それには実家への道程が狙い目だ。人の目もない場所が選び放題だ。ユンシクのことも心配だが、流石にユンシクの存在をもうけすことはできないのだ、ハ・インスと言えども。ユンシクはソンジュン、ジェシン、ヨンハとともに、『花の四人衆』として巷にまで知られるようになってしまった。

 

 「父上が今、少し気を使う仕事をされているのは聞いただろうが。」

 

 「お母様が教えてくれました・・・。」

 

 「父上は取り締まりをする役職だから、相手は罪を犯したものだ。そう奴に家族を狙われるわけにはいかないんだ、ユニ。父上も困るし悲しまれる。母上だってそうだ。南山谷のお母上だって心配の中お前が訪ねてくれたって心落ち着かないに決まっている。」

 

 もう少しこらえろ、と諭すジェシンに、ユニはふくれっ面を見せた。おそらくジェシンの両親には見せない姿。実母にも。ジェシンだけに見せる甘えた姿が、かわいらしくて眩しい。

 

 「父上から許しが出たら、俺が南山谷まで連れて行ってやるから、もう少し我慢だ。」

 

 ねだるようにジェシンの袖を引っ張っている小さな手を握ってやると、ユニは素直に頷いて、そしてしばらくジェシンの握る自分の手をしげしげと眺めた。

 

 「どうした?」

 

 「え・・・お兄様・・・ものすごく手が・・・大きいわ・・・。」

 

 「当たり前だ。どれだけお前より背丈があると思うんだ・・・。」

 

 「そうね・・・そうよね・・・お兄様はお体自体が大きいのだもの、手も大きいわね・・・。」

 

 ジェシンは優しくユニの手を握ったまま、ユニの膝へと戻してやった。白くて小さな手。袖が手の甲まで覆い、両班の令嬢としての装いに守られてきた手。

 

 もう一度握って離した。そうだ。俺は大きい。お前と違う体だ。男だ。意識しろ。いずれ、お兄様ではなくなる。兄から違う立場に替わってやる。

 

 

 

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