赦しの鐘 その52 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンはくるりと背を向けた。これ以上は邪魔ものだと分かっていた。ユンシクが休息を理由に引き留めたが、振り向いて笑ってやった。

 

 「こんな大男がいきなり訪ねてきたらお母上様が驚かれる。ただでもユニがいる事への驚きと喜びがあるだろうに、水を差したくないからな。また改めてご挨拶をいたしますとお伝えしてくれ。」

 

 さっさと手を振り歩き出した。それ以上はユンシクも追ってこなかった。二人の視線は感じるが、もう辺りは暗くなっていたし、家もまばらな村ではすぐにジェシンの姿は闇に紛れるだろう。さっさと入れよな、と思いながら元来た道をたどった。

 

 ユニとユンシクに合わせた足取りと違い、疲れてはいても大股で歩くジェシンは、夜中になる前に屋敷にたどり着いた。すでにインジョンの鐘は鳴っていたが、ジェシンは成均館儒生だ。鐘に外出を左右されない特権を持つ。堂々と歩いて、閂の閉まっていない門から屋敷内に滑り込んだ。

 

 流石に足と顔、首筋を洗い、縁側から屋敷に上がり込むと、どっと疲れが出た。内棟は既に静まり返っている。母上はお寂しいだろう、と思いながら、あの小さな家で灯を囲むユニとユンシク、そして見知らぬ彼らの母親の姿を思った。どんな話をしているのか。ユニの今の姿に満足していただけただろうか。他家の養育への不満はないだろうか。それでユニが責められることはないだろうか。悪いことが頭に次々に浮かぶ。分かっているのに。そんな事はないのに。再会の喜びの中でユニの手を握ったに違いない彼らの母上のことを勝手に批判してどうする、ムン・ジェシン。そう自分で自分を叱責して部屋に入り、さてこのまま寝るか、と真ん中で佇んだところで、扉がひそやかに叩かれた。執事が父が呼び出していることを伝えに来たのだ。

 

 「ユニはどんな様子であった?」

 

 そう聞かれて、父がかなりユニのキム家訪問を気にしていたのが分かる。戻ってすぐだぞ、とくたびれた足を気にしつつ、道中は楽しそうに、そしてキム家では門前で別れてきたことを告げた。

 

 「あちらの奥方にはご挨拶をしなかったのか?」

 

 少し咎めるように言う父に、あまりにも、とジェシンは一瞬口ごもったが、正直にいおうと決めて口を開いた。

 

 「・・・見た事のないぐらいに小さな家でしたので、入るには遠慮したほうがいいと判断しました。どうせまたユニを送って行く機会もありましょう。もっと明るい時間であれば、その時にご挨拶します。」

 

 ついたのも夕刻をかなり回っておりました、と言うと、まあそうか、と少々納得したかのような返答が短く返ってきた。

 

 「母とは話したか?」

 

 「いえ、本日は急いでおりましたので、明日、報告がてらご挨拶しようかと。」

 

 そうか、と頷くとしばらく黙ったので、ジェシンはそろそろと後ずさり、退出の挨拶をしようかと身構えた。父は咎めもせずに沈思し、そしてジェシン、と急に呼びかけたので、あと少し、というところでジェシンは挨拶の機会を逸してしまった。

 

 「明日・・・母と話をするときに、儂が頼む、と言っていたと伝えてくれ。忘れるな。そして母の話を聞け。」

 

 なぞかけのような言葉に首をひねりながら頭を下げ、ジェシンはすんなりと扉から脱出した。

 

 

 その頃、ユニは実の母と一つ寝床に横になっていた。

 

 眠りはなかなか訪れなかった。初めてと言っていいほどの距離を歩いた一日だったので体は疲れているはずだったが、妙に頭は冴えていた。何度目かの寝返りを打つと、ユニや、とそっと肩を撫でられた。そして何度もさすられる。温かな手だった。

 

 遅い夕餉を用意して、母は二人の到着を待っていた。ユニは口には出さなかったが、ムン家の使用人たちの長屋よりも小さな家に驚きは大きかった。中に入ると、上がってすぐに小さな居間、そして小部屋が三つ。そのうちの一つがユニと母が今寝ている寝間だった。

居間に座っていた母は、外の気配を察して立ち上がっていた。入ってきた二人と鉢合わせするように出迎えた母は、震える声で呼びかけたのだ。ユニ・・・ユニかい、ユニや・・・と。

 

 それだけで、ユニはすべてが許せる気がした。自分だけが引き離されることになったきっかけとなった事件も、当事者も。そして一人で途方に暮れてユニをひとに預けざるを得なかった母も。

 

 ちゃんと会える運命でしたもの。

 

 ユニも手を伸ばし、両手で握り合った手と手。今肩を優しくさするその掌が実在すると知った今、ユニは何もかもが許せると思うのだ。

 

 

 

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