赦しの鐘 その36 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「・・・忘れろ。大したことじゃねえ。」

 

 「いえ。僕は忘れません。皆知らぬふりをします。見えないものとして扱います。自分からまきこまれると危険なことに関わる人などいません。僕と母は、ここ数年、それを実感してきました。だからこそ、あなたが僕を助けてくれたことが奇跡の様なんです。」

 

 「たまたまあそこにいただけだし、俺はああいう奴らが嫌いなだけなんだ・・・もういい。この話はなしだ。」

 

 強く顔の前で手を振ると、少々不満そうな顔をしたユンシク。その軽く膨らんだ頬も、拗ねた時のユニによく似ていて、ジェシンはふい、と目をそらした。

 

 「・・・今から帰るのか。遠いのか?」

 

 「はい。できるだけ日の暮れないうちに戻りたいのですが、今は日が落ちるのが早いですから無理でしょう。このまま街道に出ます。」

 

 「・・・母御がご心配になるか。」

 

 「ええ。母は不安になるようです。日が暮れるとやはり寒くなりますし、仕事のためとはいえ都との行き帰りの距離を歩くことで、僕がまた熱を出すのではないかと思うようですね。」

 

 「心配の理由は少しでも減らして差し上げる方がいい。さっさと行こうか。」

 

 ジェシンはユンシクの先に立ち、歩き始めた。え、え、という声が聞こえて、彼がついてくる気配が分かる。それが、ジェシンのやることに興味津々で、いつも縁側から、弓場の隅からジェシンのことを覗き見ていたユニの姿に重なった。知らんふりしても、いつの間にかそばに来ている。目を輝かせてお兄様、と手を叩いた。ああ、ユニはいつも俺の傍に居たのだ。それをユニの弟の気配で思い出すなんて。

 

 「あの!あなたはこちらの方角にお戻りなんですか?!」

 

 「あ?いや、お前街道に出るんだろ。そこまで付き合ってやるよ。」

 

 「え、それは、その、僕、道は分かってます!」

 

 思わず噴き出した。そして少し足を緩め、ユンシクが横に並ぶのを待った。

 

 「またあんなごろつきに目を付けられちゃ困るだろ。護衛みたいなもんだと思って、俺と散歩しろ。」

 

 ユンシクは軽く目を瞠り、そしてくすくすと笑い声を立てた。

 

 「散歩・・・散歩って・・・。」

 

 似合わねえのは分かってんだよ、と軽く肩を小突いて一緒に歩く。並んで歩けば、余計なことを考えなくなった。ジェシンを見上げて笑う笠の下の顔は、確かにユニにそっくりだが、けれど男だった。少し低い声、筋の張り始めた顎からのどにかけての線。少しだけ形の分かるのどぼとけ。

 

 「母が心配するのも無理はないんです。僕今度行われる小科を受けることにしていて、その時まで体調を万全にしておかなくてはならないんですけれど、働くことも辞めるわけにはいかないので、今は筆写の仕事と小科を受けるための勉強とで、それなりの時間を費やしているんです。体を壊さないか、それが気がかりな母の気持ちはありがたいのですが、今頑張らなければならないと、僕は思ってて・・・。」

 

 「ああ。誰にでも、今だ、という時がある。それは他の人にはなかなかわからねえ。例え身内であってもな。」

 

 「そうなんでしょうね。僕は今、目標があるから、学問も、働くことも、そして体に気を付けることも、全部に気を配ることができます。少し前ならば、体が辛いことに負けてしまったり、逆に本に夢中になって体の負担を忘れたりと、自分で調節できませんでした。今は、それがうまく回り始めていると感じています。」

 

 「お前が大人に近づいたという事だ。」

 

 「母に心配されないようにならなければ。」

 

 「母というものは・・・。」

 

 母とは、いつまでも子を思うものだ。体のこと、生活が平穏かどうか、細かいことまで母親の心配事は尽きない。ジェシンのような斧で叩いても死なないような大男でさえ、母は案じることを辞めない。これに関しては、兄の死と、それから少々素行不良だった自分のせいでもある自覚はしっかりと持っているが。

 

 「何でもかんでも案じてくださる、この世で最もお前の味方でいてくださる方だ。こればかりは甘んじてお受けしろ。」

 

 またも軽く目を瞠ったユンシク。そして大きく笑顔をジェシンに見せた。

 

 

 

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