赦しの鐘 その9 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 その時、ジェシンも正しいその事件のあらましを知ったのだ。ジェシンだって当時たったの5歳。いきなり現れた赤ん坊のことを鮮やかに記憶していたとしても、その残酷な理由を周りが事細かに説明することなどあるわけもなく、周囲のひそひそ話を繋ぎあわせて大体の事情を把握していっただけだったのだから。

 

 当時ある罪を犯した両班を捕えて罰するべく動いていたこと。証拠を固めて捕える段になって、本来は指揮するはずだったジェシンの父に、今回は部下にさせるよう長官から命が下ったこと。その部下が捕縛に向かって、予定の時刻を過ぎる頃、慌てふためいた使いの捕吏が役所に戻ってきて、手違いが起こったことを告げたため、結局父も出動したこと。そしてたどり着いた先で見たのは、燃える二棟の屋敷、門外に引きずり出された状態でのたうち回る一人の両班の姿、狂ったように鎮火に駆け回る自庁の捕吏たち、そして立ちすくむ今回の指揮を執った男。その男に、本来の罪人が逃亡した故追捕する指示を迫る捕吏の頭。

 

 阿鼻叫喚だった。

 

 駆け寄った男の腹には深々と突棒が突き刺さっていた。それでもその男は這って屋敷に向かおうとしている。のたうちながら。妻が、子が、そううめき声の中に聞こえた言葉に、ジェシンの父は捕吏に命じた。屋敷内の家族を救いだせ、と。子は、と聴き直すと、二人、とつぶやき、もう抗う力がないのかけいれんし始めた男に、医師が来るまで待てと叫びながら燃える屋敷を悲痛な思いで眺めた。

 

 長く感じたが、そうでもなかったのだろう。屋敷自体は小さなものだった。「どれぐらいですか?」「そうだな・・・このやしきの内棟だけ、ぐらいだろうか。」・・・庭も狭かった。塀も、ムン家のように石積みでなく板と竹で囲われているぐらいだ。本来突入すべきだった隣家も同じようなもので、だからこそすぐに火が燃え移ったのだ。だから隠れる場所だってなかった。火から逃れているはずだから、と最初に開けた端の部屋に妻子は三人共いた。赤子を一人抱きしめ、もう一人の幼子を膝にしがみつかせて、妻は捕吏を睨んだのだそうだ。捕吏は必死に、お助けします、これは間違いなのです、と頼み、立ち上がらせようとしたが、煙を浴び、吸い込んでいてすでにそんな力はなかったらしい。結局、妻子は捕吏に抱えられて出てきた。その時夫であり父であるその屋敷の主は、ほぼ絶命していた。

 

 「お前は覚えていないだろう・・・たった二歳だった。お前の母上は賢明であったぞ。泣いてそっくり返る赤子と怯えるお前の息を守ろうと、必死に自分の衣服に顔を押し付けていたそうだ。」

 

 しかしユニよりさらに赤子だった男児は怯えすぎていたのだろう、反った体を母は支えきれず、何度も煙を吸い込んでしまったようだった。ユニは怯えすぎて逆に母にしがみついていたから、最も外的な傷害は見られなかった。助け出した妻子を見たジェシンの父が振り返ると、間違いを犯した部下はまだ呆然と立ちすくんでいたので、父は怒鳴った。まず医師を呼べ、いや、けが人たちを運ばせよ、遣いを走らせよ、と。戸板代わりの門扉の板に載せられた、もう手の施しようのない両班の遺体、そして妻子は捕吏がそれぞれを背負い、抱いて医師まで運ばせた。

 

 「お前はな、ユニ。煤だらけの顔を拭かれ、水をごくごくと飲むと気を失うように世話をしていた医女の胸で寝てしまったのだ。お前の母上は煙と熱気で目に熱傷を負った・・・重傷だ・・・弟は煙を大量に吸ったのだろう、息が出来なくなりかけていた。医師によれば、熱い煙によって肺臓が熱傷を負ったのではないかと。おそらくその部分は働かなくなるだろう、と。母上の目もな、熱傷が収まっても弱くなり、もしかしたら見えなくなるかもしれない、と。無傷なのはお前だけだった。母上に感謝せねばならぬぞ。」

 

 ユニのことを気に掛けないと言いながらも、当時のユニの母の子を守る行動は忘れられないのだろう。父はだからこそユニの名を実の母の口から聞きたいと思っているのかもしれない。その時ジェシンはそう思いながら聞いていた。

 

 後始末は大変なものだった。何しろ完全な失態だったのだ。当時の父の上司は、父の指示不足だと言い立てたらしいが、失態を犯した部下はその件にもしっかり関わっており、相手のことも把握していたことは分かっていた。

 

 その部下の名を、ハ・ウジュ、という事を、ジェシンはその時知った。そして狡猾に立ち回り、自分は謝罪と金を出すことで立場を守り切ったことも。

 

 

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