赦しの鐘 その6 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 帰宅日前日を迎えて、他の儒生の遊びの誘いにも乗らず、まっすぐに屋敷に戻ったジェシン。ユニとの約束は絶対だ。それに、先日の実家に絡んだ借金騒ぎが全く耳に入っていないとは思わない。広い屋敷だが、人の目、耳はあり、応対した母の様子がおかしかったことだって目の前で見ているはずなのだ。内棟からめったに出ることのない母は、ユニを日中手元に置くことが多い。自分が刺繡をしたり、屋敷の家政について指示したりしている横で、ユニに好きなことをさせてその様子を見て楽しんでいる。ユニは本を読んでいることが多いが、時に刺繡や縫物も練習せねばならぬと思い立つらしく、そうなると傍に居るジェシンの母に教えを乞う。そして一向に上手くならないらしい。ジェシンの母は、このように不器用では、と嘆く反面、そこがまたかわいらしいとへたくそな刺繍に付き合うらしい。なんにせよ、そんなにそばにいる二人なのだから、どちらかの異変には気づくはずなのだ。

 

 勿論母がむき出しに今回のことをユニに語っているとは思えない。ユニにとって辛いことは見せない、聞かせない、と決めている節がある。そしてこのまま実家があることなど忘れて、自分の娘のまま育ってほしいと思っているのもジェシンにひしひしと感じられる。それはジェシンの父にも言えることで、ユニには本来の家族があり、ユニ自身がこれからどうしたいか選ぶべきだと頭では冷静に分かっているが、それでもまだ赤ん坊のような時から可愛がってきた娘だ、出来ればムン家を選んでほしいと願っている。

 

 俺は、とジェシンは自身の胸の中を覗き込む。けれどいつだって答えは同じだ。ユニは俺が守る。それだけだ。可愛い妹。敬愛する兄は、自分が幼すぎて守れなかった。大人で力があるはずの父ですら守れなかったのだから仕方がないにしても、未だに兄の無念の死が悔しくて仕方がない。だからジェシンは守らねばならないのだ。今傍に居る大切な者たちを。父はいいとしても、母と、そしてユニを。ユニはジェシンが守るべき大事な家族なのだ。

 

 午後の講義が終ってすぐに成均館を出たから、ジェシンの脚ではすぐに王宮近くにある屋敷に着く。その前に、とジェシンは貸本屋に寄った。ユニが好きそうな本と自分の興味を引く詩集でも本屋が手に入れていないかと思ったのだ。あれば筆写させて贖うし、なければ菓子でもやっとこう、そう思ったのだ。どうせ雲従街は横切る。そう思って市の雑踏を足早に向かった。

 

 貸本屋は夕刻前だからか、店に人はいなかった。揉み手をしてついて回る主を無視しながら棚をざっと見て、清国の説話集を見つけた。何冊かある様子なので主に尋ねると、清国は歴史も古いため説話なんぞ書ききれないほどあり、何冊にも分けられてしまうのだという。今うちが扱ってますのは三巻ほどなんですがね、試しにお貸ししましょう、と揉み手を繰り返す主に、話を聞きながらパラパラと中身を読んでみたジェシンはあっさりと断った。

 

 「借りなくてもいい。三巻とも筆写本を作ってくれ。買う。」

 

 「若様!ありがとうございます!急がせます!」

 

 「いい字を書く奴に任せてくれ。うちの妹はものすごく字が得意だから、あいつにあらさがしされるような字じゃ困るぜ、本の内容に集中できねえ。」

 

 「それはそれはもう、最近大層麗筆で、確かな仕事をする方を抱えてるんですよ。日数はお急ぎで?」

 

 「急がねえが、その人のできる一番の速さで頼んでくれ。」

 

 「それはもう。」

 

 

 その日は手付だけ払い、何の土産もないので、屋台で菓子を買った。黒糖の甘い匂いのする紙包をぶら下げながら屋敷にたどり着いたジェシンは、当然内棟から飛び出してきたユニに抱き着かれた。

 

 「お前・・・菓子をばらまくとこだったぞ!」

 

 「お兄様は私を抱き上げたぐらいで荷物は落とさないわ。」

 

 ね、と笑うユニを片手で抱え、ジェシンはのしのしと成廊棟へ向かう。まだ夕餉前だが、母に内緒で紙包の中の甘い焼き菓子を妹の口に放り込んでやらなければならないので。

 

 

 

 

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