㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「時刻を違えたことを陳謝する。しかし、こちらに伺うことが出来る事となりヨンダルに書院のことを聞かせてもらうと矢も楯もたまらず・・・。知に根差した学問の礎となる場をどうしても訪れたくなったのです。」
そう言った王様は、再び軽く会釈した。背後に控える、内官と思しき初老の男と、明らかに地位の高い武官である男はずっと頭を垂れている。この場で軽くとも頭を上げているのは、王様と、その挨拶を受けているチェ・ヨンシル師のみだった。
「このあばら家に足を運んでいただく光栄は、末代まで語り継ぐことになりましょう。いえ、愚息が自慢話として喋り散らしましょう。田舎故本当に何もございませんが、小さな学び舎を笑い話の一つとしてご覧ください。」
「いや、チェ先生、ぜひとも講義の様子を見たい、いえ、余も講義を受けたいとも思い、つい焦って予定を早めてしまったのです。ヨンダルのときとお変わりなければ、今午前の講義を行っておられたのでは?そちらの少年たちの講義を中断してしまったのでしょう。確か・・・左議政と兵曹判書の子息が寄宿しているとか・・・。」
軽く振り向いたチェ師に、ソンジュンとジェシンは一歩前へ出た。これ幸いにと、ユンシクが一歩下がってヨンハの陰に半身を潜ませたので、ヨンハは下を向いたままに笑ってしまったが。先ほどからユンシクが怯え切っているのが隣にいてよくわかっていたからだった。
「こちらがイ・ソンジュン。背の高い方がムン・ジェシンです。」
「「お目にかかることができ、恐悦至極に存じます。」」
声が揃い、全く同じ挨拶の言葉を吐き、そして同じ角度で深く会釈した二人を見て、ますますユンシクが身を固くしたのを、ヨンハはまた感じてしまった。半身どころかもう少しで全身が自分の陰に入ってしまう。じりじりと足を擦って位置をずらしていくのがよくわかり、おかしくて肩が震えだしそうだった。二人の挨拶のそろい方もおかしいが。こんなところが、やはり家柄のいい両班育ちなんだよなあ、と感心するほどだ。
それは王様も思ったらしく、豪快にあははは、と声を上げてお笑いになった。
「おお。そちたちか。父親たちは素直には言わぬが、他の者はそち達が大層優秀な儒生の卵であると言っておったぞ。地方の書院に預けるなぞ、などと言う者もおったが、このチェ・ヨンダル博士の父御の教えが受けられる書院ぞ、そち達の父親の慧眼は流石というところか。」
二人が黙ったままのところへ、チェ先生が口を挟んだ。
「ここは門前です。どうぞ中へ。書院へのお訪ね故、もてなしは学問でございますが。」
再び声を上げて笑った王様が何度も頷いた。
「望むところです。先生の教えをうけ、彼らとも話をしたい。本日は楽しい日になりそうであるな、ヨンダル!」
「はあ。私にとってはただの実家でございます・・・。」
「そう言うな、ヨンダル!」
そう言う王様を先導してチェ師が門内に歩き出し、王様とヨンダル、そして騎乗していた二人が従った。その後ろからソンジュンとジェシンが歩き出し、ヨンハがユンシクの腕を掴んでその後に従った。こればっかりは、流石に二人の振る舞いに従っておくしかないな、とヨンハはユンシクの耳に囁いてやり、俺も何したらいいかわかんないよ、とユンシクの緊張に同調してやることで、多少の慰めとするしかなかった。
チェ師は、講義の場故、と王様にも特別扱いをしなかった。座る場所だけは、流石にチェ師の傍になったが、儒生たちと同じ小机、円座がヨンダルの手によって用意され、すぐに講義が再開された。内官と武官は部屋の外に置いてきぼりを食らい、縁側の下でぼうっと立っているしかできなかったのだが、勝手に書院を歩き回るわけにもいかず、かといって王様の傍を離れるわけにもいかず、仕方がなく部屋の外で待機、とついてきている護衛の兵にも言うしかなかった。というより、広くもない中庭、兵たちで大層むさくるしい景色になっている。しかし座らせるわけにも、と思っていると、あの、と兵の頭の向こう側から声が聞こえてきた。
「どなたにお話をしたらよろしいのでしょうか・・・?」
何者だ、と小さく誰何する声の方へ、武官は兵をかき分けて進んだ。