㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ヨンハは何度か手紙を預かる場に立ち会っていたから、何度もユニの筆跡は見ているのだという。
「素晴らしいよなあ・・・何よりも。男女どちらが書いているのかわからないほどだというのが尚更素晴らしいと俺は思う。」
ソンジュンの書簡を預かって、頭を下げて出ていったク家の遣いのものがいなくなると、ヨンハはそう言った。そしてソンジュンも、驚きの一つの要因はそれか、と納得したのだ。
女人には女人らしい筆跡を求められることが多い。嫋やかであったり濃淡であったり、丸みであったり。男は逆に太さや勢いを求められることがある。実際にはそれこそ書で生きていく書家を除いては、自分の書きやすい筆跡に落ち着いてしまうのが常だが。
しかしソンジュンが見たユニの実家の母にあてた手紙の表書きは、完璧と言っていいほどの書体だった。書の上手に代筆させたのかと聞いてもいいぐらいの能筆、それも読みやすいものだった。行書体の手本にしてもいいぐらいだと一目で思ったほど。
「ユンシク君もさ、綺麗に整った字を書くけれど、ユニお姉様の字はなんていうか・・・迫力があるよな。」
それもソンジュンにとっては納得の一言だった。整っている、というだけではない、一字一字に籠るユニの『書くこと』に対する気持ちが文字に現れているのだ、と思えた。
両班の女人にとって読み書きは必須の教養だが、あくまでも教養なのだ。筆跡の美しさ丁寧さは求められるが、それ以上はない。男と違い、科挙であったり仕事であったりに使うことがほとんどないせいもあるだろう。特にユニは今回上書きはハングルであったが、読む書籍は漢字のものがほとんどだ。儒学は基本唐のものだからだ。我が国の学者が書いたものや訳したものはハングルの場合があるが。だがユニは儒学を学んでいる。幼い時から触れている。書く文字も習ったはずのハングル以外に漢字も書けるに違いない。どんな字だろう、どう書くのだろう、と見てみたい欲が湧く。
その晩、自習を一緒に、とソンジュンの部屋まで来たユンシクにユニの筆跡を見たことを言うと、ユンシクは嬉しそうに笑った。
「僕ね、字も姉上に教わったも同然なんだよ。習字はずっと一緒に練習してた。お手本はね、父の書いたものだった。父は能筆な方だったみたいだし、書の方に興味もあったらしくて、いくつか書体のお手本の本もあったんだよ、実家に。」
「へえ。君の字もいつもきれいだし、書くのも速いな、と思ってたけど、ユニ様の他の字も見てみたいな。」
「え?見る?何年も前の奴だけど・・・。」
ソンジュンが返答をする前に、ユンシクは身軽に立って一度自室に戻っていった。そして四書五経のうち、論語と詩経をもって再びやってきた。
「僕の実家にいる時の教本はすべて姉上が筆写してくれたものなんだよ。」
はい、と渡された論語の本は縫い綴じの部分に折り目がつき、少し紙も乾いていて、製本してから幾年かたった使われたものだとよくわかるものだった。しかし綺麗に扱われているのが分かるほど角も擦れていないし、側面から見てもヘンな折り目も見えなかった。
ユンシクが寝たり起きたりの少年の日々に、ユニは一冊ずつ四書五経を本に仕立てて学ぶ準備をしてくれたのだという。当然最初は論語で、読んで聞かせるだけの時には耳で聴くだけで本はもたせず、体の調子のよい時にきちんと座らせて小机の上で本を開き、正しい姿勢で読むよう指導された、とユンシクは懐かしそうに笑った。本の扱いも、それから学ぶ姿勢も、父が弟子に指導しているようにユニも真似てそうしていたのだという。
頁を開くと、飛び込んでくる文字。一字一字楷書で描かれた文は、大小の違いも文列の乱れもない、売り物でもおかしくないほどのきちんとしたものだった。論語は一番最初にユニが筆写したものだから、ユンシクもぐんと幼い時、ユニだって少女としての年齢のときだろう。けれどはっきり言える、ソンジュンにここまでの整った字は書けない。同じ年齢のときだけでなく、今だって無理だ。
黙って頁をめくるソンジュンを、ユンシクはにこにこと眺めていた。