箱庭 その26 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「ユニ様は何を学んでおられるんだい?」

 

 何気なく聞いたソンジュンに、ユンシクは首を傾げた。

 

 「僕と同じものを大概は読んでおられるけど。姉上、読むの早いんだよね。僕が先生との講義でその一冊を終える頃には四、五回は繰り返して読み込んでいることが多いかなあ。」

 

 ソンジュンは目を瞠った。それは速いどころではない。

 

 「ご存じない言葉とか、理解できない事柄などはどうなさっているんだ?」

 

 「姉上は師にしっかりとついて教えていただくという事が出来ないって自分ではよく知ってて・・・昔からだからね、だからとにかく読むんだよ。実家にいる時は、父が弟子に教えているのをこっそり聴いてどうにかしていたようだし、僕のために素読を枕元でしてくれるってなった辺りには、父に自分の読みと解釈が正しいか確認していたと聞いたよ。」

 

 ユニは常に一人で学んできたのだ。それを再確認して、ソンジュンは落ち込みそうになった。

 

 ソンジュンは自分の優秀さには自信を持っている。それは自意識過剰なのではなく、周囲と比べても理解力が速いのが明らかであることと、学問に対する興味と情熱が生活の中で一番であるという自分の特性を認識しているからだ。なんだかんだ言っても、学問に真剣に長く取り組むことのできる人間が習得も速いし強い。それは自明の理ではある。

 

 しかしソンジュンは、学問の手ほどきから常に師がいた。家庭教師に始まり、通いで数人の学者に学び、そして学堂に通った。他の家の子息たちよりも学び始めが早かったのはイ家の跡取りであるという事の期待の表れであり、し始めて分かったソンジュンの頭脳の優秀さへの大きな期待のせいだった。ソンジュンは人に学ぶ傍ら貪欲に自室でも自習に励み、興味のある書物を取り寄せ存分に読み込んできた。学ぶべき基本の道筋をたどりながら、同世代の少年たちに比べれば膨大な知識を持っていると思っているし実際そうだろう。

 

 だが、ユニには師はいない。いなかった。それでも彼女は本当の『自習』で学問を修めようと努力し、時に巡りくる正しい学びの機会を逃さず、横道にそれることなく学び続けてきた。その努力は弟との助けとなったし、今も学び続けるにあたっての基礎を成している。勿論ソンジュンが豊かに与えられたような知識への機会はなく、博識さでは当然ソンジュンが上であることは確かだが、それでも一人でやってのけてきたことをソンジュンがやれるかと言えばそうではない。ソンジュンの学問の入り口は親から与えられたものであり、それから培った基礎学問は人が横で逐一教え確認してくれたおかげであり、それをもって本を読んできたのを『自習』と言っていいものか、とユニと比べて愕然としたのだ。

 

 ソンジュンはユンシクの持つ本を見た。細い付箋がいくつも挟んである。そこには細かい字で師に指摘されたことなどが書き記されていた。該当する頁に挟んであるそれらを指して、すごいね、と言うと、はにかんで答えた。

 

 「うん。忘れないように確認しながら書くんだ。それに姉上にもみせて差し上げられるし。姉上も写してからまた読み返して復讐すると言っていたよ。それにね、姉上は自分で先に読み込んでいくうちに疑問に思ったところで同じように付箋で印しておくんだよ。もし、その点を僕が解説出来たり先生の教えで解決できることならそれでいいし、どうしてもわからなければその付箋のところを僕が先生に聞いたりする。僕、今も姉上と一緒に学べて、本当にためになる。」

 

 ユンシクの書いた付箋は、細いその紙切れに小さくぎっしり書き込まれたものだった。けれど読みにくくはない。小さいけれど非常に整った美しい、書籍に使われてもおかしくないほどの字だった。小さいのは付箋の細さのせいだろうが、それが見開きの一頁にいくつも挟まれている。だからこその細さなのだろう。それだけ一文、一言、その章の言いたいことに対して真剣に取り組んでいるあかしだった。

 

 それからしばらくして、ソンジュンはユニが実際書いたものを見ることになった。それは手紙の表書きだった。定期的に来るヨンハの家の遣いの者に、実家の母への手紙を言づけたのだ。ソンジュンも母に健勝であることを伝えようと短い私信を認めてヨンハのところに行くと、ユニがちょうど渡して出てきたところだった。会釈して自分の分も託すために部屋に入ると、紙類は別に包むつもりだろうきれいな布の上にそれはあった。

 

 墨の水茎も麗しい、流れるような行書体の表書き。目を瞠ったソンジュンに、ヨンハが笑った。

 

 

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