㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
午後の講義が終り、若者たちが書院の中を動き出すと、空気が一度ににぎやかになる。夕刻まで彼らは書院の中の仕事をするのだ。本当にありがたい。
何よりも水を運んでくれるのがありがたいとユニは思う。ユンシクもようやく役に立つようになり、水汲みは率先して行ってくれる。厨にある大きな水がめは、おかげでいつも一杯だ。夕餉の支度をはじめかけているユニに声を掛けながら、桶で運んできた水を一杯、もう一往復して一杯。夕餉の後減った分を、誰かがまた満たしてくれる。おかげで朝、水がめ一杯の水をユニは贅沢に使える。それに、数日おきの風呂も、皆で水を溜めてくれるのだ。風呂桶はそこそこ深いから、儒生がいない時期にはユニとユンシクで交互に水を運んでなかなかの重労働だった。今は若者四人で大層短時間で仕事を終えてくれる。
その日、手に入った鶏肉の腹にショウガやニンニクを詰め、塩と酒を振って蒸し器で蒸す。たまにこういういい日がある。村で婚姻があり、先生が先もって祝いをしたお礼だとそこの親が捌いて持って来てくれたのだ。ユニは流石に鶏を最初から処理したことはないので、大層助かった。鶏の調理はこれが一番、と昔母から教わった蒸し鶏の作り方で柔らかく蒸しあげ、腹に詰めた香味野菜とともにたっぷりのネギの細切りも加えてあんかけにするのだ。体が温まり、血の巡りが良くなる。ユンシクの冷えやすい虚弱な体のため、そして母やユニのような女人の体を暖めるために、父が存命の時はよく作った。
米の浸水具合を確かめながら耳を澄ます。ユンシクの楽しそうな声に、ユニの頬も緩む。ああ、今日はソンジュン様と一緒に庭を掃いているのね、とその会話の切れ端から様子が分かる。葉っぱが、とか、まだ落ちて来るね、とか。うれしい。弟にとって、同年代の初めての友人だ。ヨンハにもジェシンにも親しくしてもらっているけれど、ソンジュンは全くの同い年だから余計に親しみがわくらしく、いつも隣にいる。寝る前に話を聞くと、ソンジュンという青年がいかに優秀で素晴らしいかを、まるで自分のことのように自慢して来るからおかしい。けれど彼との交流がきっかけで、ユンシクの向学心にも更に勢いがついた。それもありがたい。
ジェシンの大声も聞こえた。おい、そこにある板をよこせ、と。あ、と気づいてホッとする。門から続くのは石塀だが、裏庭の一部は板塀で、腐ったところに穴が開いてしまったのだ。気づいて先生には報告したが、暫く大丈夫かと少し大きめの石を目隠しに置いてみたが役には立たず、この間狸が入り込んで庭を汚したのだ。落ちていた糞を埋めてから、このまま厨に入り込まれては一大事とまた先生に報告した。どうもその話はユンシクから皆に伝わっていたらしく、村の男の誰かに頼む前に、ジェシンが直してくれているらしい。応急手当でも助かるけれど、お屋敷住まいの方にできるのかしら、とにわかに心配になってこっそり様子を見に出た。
穴が開いたのは下の方だった。そこを目張りするように板を張るらしい。どこからそんな板が、と思っていると、薪の中にたまに紛れているのだと後でジェシンが教えてくれた。薪割りをよくするからこそ知っていることだ。
「滅多にはないが、小屋を壊したり、簡易でさしかけ小屋なんかを作って解体したら出る廃材だ。薪を平らに割った雑な奴なんかは、次には板としては使えねえんだろうな、薪に紛れさせちまうみたいだ。ほら。」
薪割りをしていたジェシンが見せてくれた一つは、確かに片面が平らで片面が薪の丸みを遺していた。たまたま綺麗にまっすぐな面が出来たから使ったのだろう。カンナも掛けていないからささくれが一杯だぜ、と修理した板壁の部分を触らないように注意された。見に行って見ると、確かにかぎざぎの部分があって、皮膚に刺さりそうだった。けれどそれで塞いでくれたおかげで、タヌキは二度と侵入して来なかった。
「ジェシン様、助かりました。」
頭を掻くジェシンは、年相応にかわいらしかった。