㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
脱稿してからしばらくは、確認作業ばかりでユニにとっては休息、ジェシンにとっては忙しい日々が続いた。担当者としての確認、校正を経てレイアウト、そしてまた校正。その間に装丁とタイトルのフォント、表紙扉の作者紹介の監修、作品宣伝の計画の確認。当然出版社としては既刊の本もさらに売りたいので、大型書店からのフェアの依頼があればそれの承諾。担当編集者として、『ユニイ』が売れっ子作家だという実感が湧く周囲の期待に応えねばならなかったから、小さいミスも許されないと隅々まで自らが確認した。
大きな変更もなく、印刷に回ったのを確認すると、ジェシンはどっと脱力した。ここからは出来上がった来た本に、毎回行っている購入予約の読者サービスとしてのサインの揮毫、各媒体からの依頼による新刊に関する『ユニイ』へのインタビューの管理などがあるが、ジェシンにも少しだけ休息の時間が取れた。
デスクでほっとするジェシンに、編集長がにこにこと近づいてきて肩を叩く。その手には小ぶりの紙袋。相も変わらずユニへのお菓子の貢物だ。
「下心もあってね。」
と笑う編集長によれば、ユニの別の顔、絵本作家『ハヌル』の作品を無事今年度二冊発刊できた児童書の編集部から、同じペースで次年度もシリーズ絵本を書いてほしい、という依頼を貰ってきた、というのだ。そして。
「良かったら、顔出ししなくてもいいから、少しだけ作者情報を出してもいいだろうか、っていう相談なんだよ。」
編集長は困った顔をしていた。編集長はユニが家を出て匿名の作家になった経緯に関与した当事者だ。ユニが悩むことを重々承知の上だ。事情が分かっていない人ではないのに、とジェシンが見上げると、こっち、と手招きされて、誰もいない休憩スペースへと連れて行かれた。
「絵本作家にミステリアスは必要ないんだそうだ。顔出しなんかはアバターやキャラ設定をしている人も多いご時世、大した問題ではないようだが、具体的にどんな人なのかが分かると、その本の正常さが確かめられるというか・・・嫌な話だがね、児童書は子供の教育のため、という価値観が一定以上あるから、正しい人が書いている、というのを示すのも本を売る一つの手だというんだよ。」
「名前はペンネームだからいいとして、性別と・・・出身などですか?」
「結構ね、出身大学は大事なんだそうだ。先生は成均館大学文学部卒、だからね。プロフィールとしては十分すぎるからこれを載せない手はない、と向こうは言うんだね。」
歴史を考えても成均館大学の文学部を卒業した人は何万といる。学科も多岐にわたるから特定されることもないだろうが、と思うが。
「大学側は・・・有名卒業生に敏感ですよ・・・。」
経営者や俳優など、目を引く卒業生について大学側はその名を挙げたがる。まだ二冊三冊ぐらいの絵本作家ならそれほど食指は動かないかもしれないが、とジェシンは考えた。
「先生に相談してくれないかな。ご無理は言わない。だが、先生ももう家を出て7年近くになるんだ・・・君も傍に居ることだし、少し動きがあってもいいと思うね。絵本作家としてなら、まだ経歴も浅いことだし、大騒ぎにはならないと思うんだよ。」
親はね、と編集長は寂しく笑った。
「年を取るんだよ。出た時と変わっていないわけはない。会わないうちに我が子がいつの間にか小学生から高校生になっていた、なんて成長に驚く父親もいれば・・・。」
ジェシンは編集長を見た。激務に夫婦がすれ違い、離婚経験者だという話は聞いた事があった。
「そんな父親に会って、こんなおじさんだったっけ、って残念そうにする娘だっているんだよ。君が先生のご家族に関して悪いイメージがないのであれば、そろそろ橋渡しの時期かもしれないよ。彼氏としても頑張ってみたらどうかな。」
ジェシンは目を剥いた。ユニとの交際は全く持って秘密にしていた。はずだ。
「・・・ああ・・・そっちの線ですか・・・。」
面白そうに笑う編集長の情報の入手先は、前編集者に違いない、とジェシンは仕方がなく肩を落とした。