㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
その日は市の中心部まで戻り、ホテルに荷を置いてから外で夕食を取った。この辺りは鶏肉と野菜を煮込んだチムタクという郷土料理がある。入った店もこの料理が売りで、二人は迷わずそれを頼んだ。他にも店お勧めのあえ物などを何品か頼み、ビールで乾杯をした。
「もう運転しないんですから飲んでくださいね。」
「いや、部屋で画像の整理をしてしまうし、流石に酒より腹が減ってるから食うよ。」
デジカメで大量にとった画像は、溜めると整理が億劫になる。下手に撮ったものもあるだろうし、となるべく毎日の作業にしようと誓っていたジェシン。こればっかりは記者時代にカメラマンからよく言われていたことだから、本職のアドバイスは大事にするつもりだ、とユニにも言った。
「そう。その記者の時の苦労話って、たくさんあるんでしょうけど、何か話してもいいことってあります?」
「苦労話なあ・・・。」
ジェシンは特にどの競技に精通している、という事はなかった。だからこそ過剰な愛情もなければ、逆に偏見もなかった。記事を書くスキルは別にしても、スポーツ、特に特定の競技の喜捨になりたいという人間は大勢いて、ジェシンが担当する競技が決まると、必ず誰かの羨みの声を訴えられた。だが、どうして俺が、と運動部のデスクに聞いてみると、あいつはね、と藩笑いで答えが来る。自分の贔屓があるし、こだわりがあるからこそ記事の内容が偏るんだよ、今回は国際大会だ、国を代表して選ばれた選手を平らな目で見て、国民にそれぞれをアピールし、応援を取り付けてあげたいじゃないか、一人のスター選手だけじゃなくてね。確かにジェシンに愚痴を言ってきたその先輩記者は、あるプロチームの熱烈なファンだったし、自分も学生時代までは熱心にそのスポーツに汗を流していた選手だったと聞く。競技に対して造詣も深いが、自分の意見を記事に反映させすぎてしまう、というところか。
「批評は他の人か総括するためのコラムでやるもんだ、記者は事実を伝えてなんぼだ、と言われた。勿論その競技のキーマンとしての選手に密着する取材はするが、それはそのチーム構成などをみて決めるもので、最初から特定の選手ありき、というのはしないように心掛けたかな。」
「お仕事の上司の存在って大事ですねえ・・・。」
「いい人に当たったのは認める。」
その代わり門外漢のジェシンにとっては準備も大変だったし、番記者で出来上がっている競技の取材陣の中に入っていくのは大変だった。仲間外れみたいなこともあったという。だが、ジェシンはやはり目立つ体型、容貌だったらしく、指揮官であったり、選手であったり、スタッフ辺りでジェシンを認識する人がすぐにできたおかげで、逆に一匹狼で取材が出来る事もあったという。番記者という存在がダメな選手もいるのだそうだ。
その世界に詳しいという事は悪いことではない。だが、気をつけないと井の中の蛙になる、当時のデスクはそう言いたかったのだろう。ジェシンがその仕事をしたあと、ジェシンに愚痴を言った先輩記者はちゃんとその競技の仕事をさせてもらっていた。ジェシンのその時の記事はかなり評価されたから、発奮材料にもなったのだろう。
初日の仕事が満足いくものだったのか、ユニはとても機嫌が良かった。写真を整理するの、見ちゃだめですか、などと言われて、ジェシンも機嫌よく頷いた。明日の打ち合わせもついでに、とホテルに戻り、楽な格好に着替えたらユニがジェシンの部屋に来る、と笑って隣同士の部屋に分かれた。シングルの狭い部屋。ジェシンは顔や手足を洗い、Tシャツとジャージに着替えてPCを立ち上げたりしていたが、30分ほど経ってノックされたドアを開けてびっくりした。
ユニから漂う香りは洗い立ての髪の匂い。乾かしたのだろうがまだ少し湿り気が残る艶やかな黒髪は下ろされたまま。
さすがにユニが風呂かシャワーを浴びてくると思っていなかったジェシンは、無言になってしまったのは仕方がないだろう。