㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ぼうっとしたユニの視線を、ジェシンも寝起きのぼんやりした目で見つめ返した。
つき・・・
そうユニがつぶやいて、ジェシンはへ、と間抜けな声を上げた。
「月が・・・今日は細い・・・空も寒そうだわ・・・。」
ぼうっとした視線は、ジェシンの顔の向こうに見える窓の外に向かっていた。さっき確かめたカーテンの隙間の暗い藍色の空につきなどあったか、とジェシンも首をできる限りの角度でめぐらした。そこにはちらりと視線だけで確認したのでは見えない場所に、傾きかけた細い細い弓のような月がいた。
「先輩は・・・あたたかい。」
当たり前だ。布団を被った男の腕の中にすっぽりと抱きすくめられているのだ。ジェシンは顔を巡らしたまま確認した。自分は・・・すり、と動かした足にはスラックスの布の感触があり、抱きしめているユニの背に回っている掌には、ユニの着ている衣服の感触がちゃんとある。
ほっとした気持ちがどっと押し寄せ、だがその中に残念がっている自分もいることをジェシンは感じていた。どうせなら、後戻りできない関係になって、平謝りに謝って、責任を取る、と言いたかった。責任を取ってあなたの男になる、と言えたら。
「・・・君に無理を言わなかったか、俺?」
ふふ、と笑う気配がして、ジェシンは顔を元に戻した。覚醒してきていた。けれど抱き込んだ腕は離さない。寝ぼけたふりをしたって離さないと決めた。
「肩を貸してここまで来たんですけど・・・窮屈な思いせずに寝たらいいと思って。で、ベッドによっこらせ、って腰掛けたから、おやすみなさい、って言おうとしたら、そのままグイって・・・グイって引っ張られてつかまっちゃった・・・。馬鹿力なんだから・・・とりあえず寝かしちゃえ、と思ってじっとしてたらあったかくって私も寝ちゃった・・・。」
へえ、とジェシンはへそを曲げた。ユニの何とも思っていないような言い方が気に入らなかった。
「そうか・・・俺では役不足だったか・・・。」
「何がですか?」
「作家先生のよ・・・胸を動機させるようなことにはならなかったってことだよ。」
ふい、とユニが沈黙したのが分かったが、ジェシンは半分は覚醒し、半分はまだ寝起きのやけっぱちな気分が残っていたのだろう。拗ねた腹具合がまともに口から出てしまっていた。
「先輩だって・・・私を枕だと思って抱え込んで平気でぐうぐう寝たわ。」
今度はジェシンがぐ、と詰まった。記憶がないのが今のジェシンの弱点だ。そして確かに抱え込んでぐうぐう寝たのだろう。だが。
「酔っぱらいは自分の意志に従順だ・・・欲にもな。好きなものを離したくなかったんだろ。」
「・・・先輩が作家みたい・・・そんな口説き文句、どこで習ったの?」
「習ってねえ・・・口説き文句だと思うなら、ユニさん、どう返事するつもりだ?」
よいしょ、とジェシンはユニをひとゆすりして、もう一段しっかりと抱き込んだ。みょ、という変な声を上げて、ユニがジェシンの胸に顔をうずめてしまうのも構わず。
せんぱい
胸の中でもがもがとユニが呼びかける。その間抜けな声に、ジェシンは軽く笑い声を立てた。
ぶは!と大げさに水面で息継ぎをするような呼吸を披露したユニは、顔を横に向けて、そしてジェシンに爆弾を落とした。
「どう返事したら・・・先輩の言葉よりも雄弁な先輩の心臓の速さが落ち着くのかしら・・・教えてください。」
ははは、とジェシンはまた笑った。やはりまだ寝ぼけていたか、酔いが残っていたのか。普段ジェシンはそんなことを言うことも行動に移すこともない。機会もなく来た。だが、どこかに、今がチャンスだ、これ以上の機会はない、そう囁く自分の声が響いていたからそれに従った。酔いのせいか、このベッドの上という状態のせいか、それとも見ている月のせいか。
「俺の心臓のためなら、俺の願いを聞いてくれるってことだな。言質とったぞキム・ユニ。俺の心臓をなだめてくれよ。」