㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「行く場所がはっきりしているとき、そうですね、サイン本の仕事の時なんかは、そこに行けばオンニや先輩と仕事をするだけのことですし、部屋に入ってしまえばいい話なので、そこをめざしていけばいいんです。でもやっぱり自主的に外出しなくなって、誰とも連絡を取らないようにしてしまってからは、目的もなく見知らぬ人がいる中でぶらぶらする、という行動が苦手になって・・・。」
レストラン街の洋食レストランに入り、解放的な窓際に席を取ってもらった。太い柱を背にした状態のユニは、気持ちが落ち着いたようだった。
「スーパーなんかは平気なんだな?」
「最初は誰も知らない人しかいないから気楽で、それにお客さんは基本忙しそうに買い物をする場所でしょう?結構大丈夫でした。今は慣れたから、というのもありますし、それに・・・やっぱり顔見知りがい
るっていうのは、いいものです。ちょっとおしゃべりしたりするし、店員さんと。」
顔見知りだが友達ではない。そういう生活を選択するしかなかった数年前のユニの胸の内を思うと、かわいそうで仕方がなかった。味方がいなかったわけではないのだろうが、誰にも頼れなかったのだろう。何の悪いことをしたわけでもないのに。
「で、本屋もろくに行けなかった、と。」
「そうなんです。初めて自分の本を店頭で見ました。」
前編集者も、おそらく店頭の画像なんかは撮って見せてはいただろう。ジェシンだってうまいレイアウトをしてくれていた本屋には断って写真を撮らせてもらった。ユニにも見せた。たが、ユニは直接それを見て、誰かが自分の書いた小説を実際に手に取っているのを見たのは初めてだったのだろう。さっきの書店でも、ユニの目の前で仕事中にふらりと寄った感じの男性が新作をさっととるとレジの方へ向かった。ユニはそれを見てフルフルと震え、刺激が強かったのか、もういいです、と言って他の小説の棚に向かい、その戦果はジェシンの座る隣の椅子の座面に紙袋となって鎮座していた。
「本屋ぐらいは行けるようになろうか。楽しかっただろ?」
「ええ。大好きです。」
それから話が弾んだ。ユニもジェシンも本好きだ。似ているのは、本のジャンルを問わないところだ。敢えて言うのなら、ジェシンは絵本や児童書は結構早いうちから卒業したし、ユニはSFはちょっぴり理解できないからしり込みする、という偏り具合ぐらいだ。
「父は自分も本好きですし、小さなころから誕生日のプレゼントは本でした。何かもらえる理由があったら本を買ってもらっていたわ。」
「俺は兄貴の本を勝手に読んでいたな。だから推理小説とかのデビューは早い方だったかもしれねえ。」
やがてこの店の一押しのミートソースパスタ夏野菜のせと魚介の出汁薫るペスカトーレが運ばれてきて、二人は食べ始めた。そしてユニから相談があった。
「オンニにはね、出産祝いはさっきのを差し上げるんですけど・・・赤ちゃんたちのお顔を見てから、絵本を書いてあげたいんです。でも私、絵は描けない・・・。」
「絵本・・・その子たちのためだけにか?」
「出版しようとは思っていないんですけど、個人的に何冊かは書籍化して、ちゃんとした形のものを上げたいんです。絵を描いていただく方も、個人出版・・・売らなくても個人的に製本する方法もしてくれるところもしらないので、先輩、相談にのってくださいませんか。」
「絵・・・イラストレーターは挿絵を描いてくれている人が何人かいるが、話に合うかどうかだよな・・・それは話がある程度固まってからとして、製本に関しては、100冊の印刷を覚悟してくれるなら、いくらでも個人的に本は作れるぞ。」
ユニは嬉しそうに頷いた。
「そうですね、表紙の絵を描いてくださっている方たちも考えていいんですね。じゃあ、まず、お話を書きます。多分赤ちゃんとオンニの顔を見たら沢山イメージ沸くと思うんです。ふふ・・・早く会いたいなあ。」
「来週会えるだろ。俺が連れてくんだから必ず会えるさ。」
にっこり笑ったユニがミートソースパスタの最後の一口を口に入れたのを確認して、ジェシンはエスプレッソを持って来てもらおうと店員に片手を上げて合図をした。