㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「こちらの店によく姿を見せられると下人が聴きこんでまいりましたの。」
同じ年のヒョウンとはほのかに縁談話が持ち上がったことがある。だが、ソンジュンは勉学に勤しみたいと父に縁談自体を断固として拒否することを宣言し、ソンジュンの優秀さを密かに自慢に思っているっ父も、早くに婚約が調う両班の習慣を気にしながらも了承したのだ。立ち消えになっていると思っていたが、ヒョウンの方はそうではなかったらしい。
「何度かお立ち寄りでしたのよ。確実に来られる日は私も分からないので、今日もお待ちいただくしかないのかと思っていました。」
ユニが明るく言うのが恨めしい。ユニにヒョウンが自分とのことをどう言ったのか、それを聞くのも恐ろしい。
「兄に聞きましても、一緒にいるわけではないからわからないとばかり申しまして、成均館でのソンジュン様の様子を教えてくれないのです。」
「俺の様子など聞いたって何にもなりませんよ。ただ学問にはげんでいるだけです。」
ユンシクは軽く会釈をするとさっさとユニのところに行ってしまった。そして立ち話をしているのを、ソンジュンはこれも恨めしくちらりとみるしかなかった。
だから生返事をしてしまったのだ。いえ、会う時間などありませんし、もう俺のことは気にしないでください、ああ、まあ、別に。
その『別に』の返事の答えが、手紙を差し上げてもいいかお返事を頂けるか、という問答の末だったと気づいたのは、成均館にヒョウンからの手紙が届くようになってからのことだった。
若い男だらけの成均館だ。外から明らかに家族以外からの手紙が届けられると、皆が囃し立てる。掌議の態度も妙に馴れ馴れしくなり、ソンジュンはいらだった。なんだか周りから既成事実を築かれているような気がして、機嫌が悪かった。けれど性分で返事を認めてしまう。短い二、三行の走り書きだ。遣いの者を待たせておいてその場で書くのだ。そんな愛想のない手紙をヒョウンはものすごく歓び自慢にしているらしく、それを聞かされる掌議が、いかにも今にもヒョウンとソンジュンとの縁談がまとまりそうなことを勝手に言うので、ソンジュンはとうとうヒョウンの返事にこう書いた。
『学問の妨げになるので、二度と手紙はよこさないでください。』
そしてそれをヒョウンは、わざわざユニの叔父の茶店に行って嘆いたのだ。
その日成均館に筆写の仕事をもって戻ってきたユンシクとお供のヨンハは、何か言いたげにソンジュンを見ていた。ただ、皆の前で言うわけにはいかなかったので、夕餉が終り、中二坊に戻ってから、ユンシクがおずおずと告げた内容に、ソンジュンは大きくため息をついた。
「そういうところが嫌なんだよ。」
その日もヒョウンは来ていたらしい。あらわれたユンシクを見てさっとあたりを確認し、一緒にいるのがソンジュンではないと知ってあからさまにがっかりとした。ユニは盆を抱えて話し相手をしていたようで、随分ヒョウンは懐いている様子だった。だが、ソンジュンが来ないと分かって立ち上がり、それでもユンシクとヨンハの傍に寄って会釈をしてから、ソンジュン様はお元気でいらっしゃいますか、と聴いてきた。
「毎日飽きもせず学問にはげんでいるよ、あいつは。あなたの兄上はこの前も屋敷に用事があって戻ったと聞いたけれど、その時にきけばいいじゃないか。」
そう答えたヨンハに、ヒョウンはほろほろと涙をこぼした。
「お兄様はちっとも私のことを相手にしてくれないんです。それに、ソンジュン様にお手紙を差し上げるのを断られましたから、私、私、どうしようもなくなって・・・。」
それでソンジュンが書いた手紙の内容が明らかになったのだ。
ヒョウンが帰った後、ユニに聞くと、同じようなことを嘆いて自分の何がいけないのか、と悩んでいた、というのだ。それに。
「ソンジュン様がね、どんなにお美しくて賢くて、素晴らしいお方で、家柄もよくて、ご縁を結べたらこんなに幸せな事はないと憧れているのに、お近づきになる方法が絶たれてしまった、って。」
だがそこで茶々が入った。近くの席で茶を飲んでいた裕福そうなどこかの商人の奥方っぽい女人が口を出したのだ。
「それだけじゃないでしょ、ユニちゃん。私はあんな娘、金を積まれたって息子の嫁には貰いたくないね。」