㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
最初に進士、そして日を置いて生員の試験が行われた。生員の時はソンジュンとユンシクは別会場だったため、彼が無事に試験会場で潰されずにいれたかどうかという妙な心配をしながら小科の試験過程を終えた。試験自体については大丈夫だという確信があった。それは筵を並べて受けたあの日の光景。
ユンシクは、試験問題を書き写した後、端座し、真剣に問題を睨んでいた。他の受験者たちは下書きの紙に回答の下書きを書き散らしているのが分かるぐらい、紙の擦れる音、筆の音が会場には響いていた。ソンジュンも下書きの紙は持って来ていて、箇条書きに回答の要旨を並べると、文言を整えながら提出する試巻に清書した。ふつうはそうするのだ。だがユンシクはそういう紙を持って来ている様子はなく、試巻を広げてただ問題を眺めているだけに見えた。試験なので問いかけるわけにも、今更下書きの紙はいるか申し出るわけにもいかず、試験の仕方が初めてではわからなかったのだろうと、相談に乗らなかった反省をしているときは、ソンジュンは既に回答し終わっていた。待つのもヘンだろうと思いながら自分の回答を見直していると、ふと気配がして、ソンジュンは顔を上げた。
そこには筆を執ったユンシクの姿があった。すっと筆を紙の上にかざすと、そこからは止まることなくその筆は走り続けた。一度もだ。一度も止まることなく。筆に墨をつける間すら、その書くという行為の一環のように滑らかに、試巻が次々にその巻きを解いていくのもまるで勝手に紙が動いているかのように、ユンシクは上半身の傾きすら変えることなくすらすらと書き続けていた。何の迷いも見せなかった。
一気、一息、と言えるだろう。ソンジュンが目を見開いて眺めている間に、ユンシクは回答を終えた。静かに筆をおき、回答に目を走らせ、そしてそれは一度きりで、後は墨の乾きを静かに目を閉じて待っていた。ソンジュンはそこで我に返り、すっかり乾いてる自分の試巻をきれいに巻き閉じると、静かに立って提出しに行った。戻ってくると、ユンシクの試巻の字も乾いたのだろう。丁寧に巻いた試巻を持って、提出に行こうと立ち上がろうとしていた。
そこでようやくソンジュンはいつものユンシクに会うことができた。足がしびれた様で、立ち上がろうとしてできず、プルプルと震えていたのだ。思わず笑いそうになったが、未だ試巻と格闘している他の受験者の鬼気迫る中、声を立てることはできず、かといって試験中に他人を触るわけにはいかず、ユンシクが生まれたての小鹿のようによちよちと歩き出すのを我慢してみていた。周囲を見ると、おそらくほとんどの者はまだ回答が終っていないようで、それほど難問とは思えなかった今回の試験の内容に何が、と首をひねった。
戻ってきたユンシクはようやく普通の歩みに戻っていたが、周囲に気を使って抜き足差し足なのは変わりなく、やっぱり歩き方はおかしかった。目で合図をして片付け、筵を脇に抱えて門を出ると、スンドリがすっ飛んできた。そしてその後ろにはユニの姿も。
お疲れ様とねぎらいあい、次はいい結果を持って会おう、と約束して臨んだもう一つの試験。こちらも難なく回答を終えたソンジュンは、次の日に茶店に行き、ユンシクが一度実家に戻ったと聞かされた。
「母に元気な顔を見せなければ、と戻りました。そうですね、数十日家から離れていますからね。」
そう伝えたユニは少しやつれていた。
「ユニ様。どこかお辛いところでも?」
思わずそう聞いてしまったソンジュンに、ユニは苦笑した。
「ユンシクの方がよほどしっかりしておりました。私の方が緊張してしまって食欲が一寸だけ・・・ちょっとだけ落ちましたの。」
進士試験の時も、居ても立っても居られないユニは、つい試験会場まで来てしまったのだ。門前で試験前に会場から出された供たちが待っていて、スンドリもそこにいた。娘は異色だったため遠くから建物を眺めていたら、スンドリが姿を認め、自分も不安なためとユニの安全のため、供面をして一緒にいたのだ。
「この子ったらね、夜も儂らの甥っ子に付き合って遅くまで起きていて、甥っ子が本を読む横でなんだか難しい本を筆写してねえ、時折茶を入れたり冷や飯の握り飯を食べさせたりとまあ甲斐甲斐しくして・・・。そりゃ痩せますよ。」
餅を持って出てきた叔母が苦笑して暴露し、ユニはもう、と叔母の肩を弱弱しくはたいた。
「まだ結果が出ないのでね、未だに心配が終らないんですよ、この子は。」
という叔母に、ソンジュンはにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。ユンシク君は受かります。俺には分かる。」
ユニに力強く頷いたソンジュンだった。