㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
相談相手もいなかったし、たとえいたとしてもなんて言えばいいかわからない。知り合いの姉上に縁談があるのがいやなんです。だってお嫁に行ったら会えなくなるから。ソンジュンはそんな言い方しかできない。実際そうだから。自分の将来の相手でもない令嬢の縁談に物申す資格なぞひとかけらもないのに、勝手なことを言っているだけなのだから。
相談できそうなのは、自分と似たような関係をユニと築いているジェシンとヨンハだが、彼らは成均館に入ってから、茶店を訪れる時間帯がソンジュンとすれ違ってしまっていた。ソンジュンの方が近いうえにそれこそそこそこで屋敷には戻らねばならない身だ。ジェシンとヨンハは、成均館にも時間の縛りはあるらしいが、それでもソンジュンからすれば自由に見えた。親元にいるのとそうでない者との間にはこれほどの差が出るのかと思うほど。それにどういえばいいのか。ユニ様に縁談話があります、一緒に引き留めましょう、そうでないと茶店からユニ様の姿が消えてしまいます、俺たちの美しい路傍の花が。そんなこと言えない。
ないない尽くしじゃないか、とソンジュンはしょんぼりしたまま学問に没頭するしかなかった。寒くなる時期、小科に向けて腰を据えて学堂でも指導が行われていた。茶店にも足が向かない日が多かった。聞きたくない話を聞かされそうで。そんな時、貸本屋に仕事を貰いに来たユンシクと会ったソンジュンは思いがけないことを聞かされた。
「店主殿の家に厄介になるのかい?」
「そうなんだ。秋に入るころに叔父上に提案はされていたんだよ。どのみち試験は都にきて受けなければならないのだから、前日と言わず、ひと月ほど叔父上の家で起居したらどうか、って。母上と相談して、姉上もおられることだし、お言葉に甘えて小科に備えようかと思って、今度の仕事の受け渡しの日からお世話になることに話を決めたんだよ。」
「そ・・・そうなんだ・・・じゃあしょっちゅう会えるね。」
「うん。僕、村には両班の家はうち一軒だけだし、寝込んでばかりいたから年頃の似たような村の子どもたちの顔もほとんど知らないんだ。だから、何だか友人がすぐに会える距離にいると思うと胸がドキドキするよ。」
「遊べないけれどね・・・といっても俺も友人と遊んだことないよ。」
「ふふふ、似た者同士だね。」
小科を受ける準備があるとはいえ、茶店に不自然に足が遠のいている自分は認識していたので、ユンシクが滞在することに、ソンジュンは茶店を訪ねる理由が出来てほっとした。内心はユニに漏れ聞いたあのどこぞの地主の息子との縁談が本当に起こっているのではないかと心配で仕方がなかったのだ。それを聞きたいやら聞きたくないやらがないまぜになって、身動きの取れなくなったただの少年ソンジュンだったのだ。
「店の方には来ないのかな。一緒に勉強しよう。」
「そうだね。ずっと座ってばかりではいけないから、君が学堂が終ったころに店に行って、奥の部屋を借りようかな。そうしたら君に教えてもらえる、色々と。」
「俺だって自分のことに結構精一杯だよ。でも誰かといると、お互いを意識して、逆に集中した読書の時間がもてるかもね。」
ようやっと茶店に再び行けるようになったソンジュンは、屋敷の母に話をして、友人と共に勉強をするという理由で、毎日ではないにしてもユンシクと茶店の奥で机を並べるようになった。
「へえ、極楽じゃないか。」
とうらやましそうに言うヨンハにも久しぶりに会えた。ジェシンが、成均館の生活は人がうじゃうじゃいて面倒だ、とぼやいている横で、ソンジュンは確かにここは極楽かも、と頷いた。
頃合いを見てユニがそっと茶を置きに来る。寒かろうと火鉢があり、鉄瓶に湯が沸いているから、勝手に湯を汲んで飲むのに、わざわざ運んでくるのだ。火の様子を、と火鉢の世話もしにくる。疲れたでしょう、と甘い餅を運んでくる。至れり尽くせりの勉強時間。
「ユニお姉様ってば、ユンシク君の世話ばかりしていていいんだろうか。お嫁入の話があるんじゃないの?」
なぜか茶店の奥の部屋に入り込み、うつらうつらと壁にもたれて居眠りをするジェシンの横から、餅を置いて出ていったユニを見計らってヨンハが声を発した。勿論ユンシクとソンジュンが休憩のために本を置いたからだ。
「えっとね、何だかいくつか声がかかったらしいんですけど、今は縁談をお受けする時期じゃないって断ったらしくって・・・叔母上が残念がっていました。」
そうユンシクは言って、静かに茶を飲んだ。