華の如く その149 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 口元を手ぬぐいで隠し、頭の後ろでぎゅっと結んだ小者たちが黙々と掘り起こしたその穴の中には、三重、四重に着物で包まれ、布団を上に被せられたせいで、逆に白骨化しきれなかった遺骸があった。だからこそ腐敗臭も空気に触れたとたん広がり、時折小者たちが体をはたいてため息をつくほど、小さな虫がくるんでいた着物や布団についていた。ネズミなどもその辺りにいる虫などを餌にするため多くいたのだろう。柱の腐食はネズミのかじった跡と虫が住み着いたせいだと思われますなあ、と他人事のように与力は言った。この与力も鼻と口を手ぬぐいで押さえている。だが明らかに在信たちよりこの修羅場になれていた。平穏な朝木でも時にはどうしようもない犯罪は起こるが、仕事として扱いなれているのはやはり現場に出る職務であるからだろう。奉行は裁くことが本業だから、こんな風に現場に自ら出向くのは珍しいのだ。

 

 あらかた現れた遺骸は、明らかに男の体で、白髪交じりのざんばら髪、ところどころに皮膚が残って半白骨化していた。死因なぞ分かるのか、と在信が思っていたら、与力は桟木から飛び降り、死骸のすぐそばにもう一人の年配の捕り方と共にうずくまった。寧信と共に桟木の上から見ていると、体をざっと見て、小者がそっと避けたくるんだだけの着物の下に在る、おそらく死んだときに着ていた着物を詳細に調べた。そして首のあたりを二人で熱心に見て頷き、寧信を振り仰いだ。

 

 「おそらく、背中を袈裟斬りされた上、首筋を深く切り割られております。背中の着物と皮膚に刃物で切られた傷が見て取れますし、首筋は骨に傷がついております。」

 

 確かなことは医師に見てもらいましょうか、と言いながら桟木によいしょと上がり、与力は外に待つ在信の父に報告に向かった。在信と寧信も、この遺骸を上手く運ばねばと移動の仕方を相談し始めた捕り方の邪魔になると与力を追い外に出ると、ちょうどこの宿の者たちが引っ立てられて行くところだった。

 

 「・・・大人しいですね。」

 

 そう寧信が与力と話し終わった父に尋ねると、

 

 「後ろ盾の兼高様と葉山がすでに捕らえられたのだ。勢いもなくなるわ。」

 

 と吐き捨てた。

 

 「きりきりと取り調べよ。」

 

 そう命じられた与力は、

 

 「着替えてからでようございますか?」

 

 と口調も変わらず返答した。

 

 「体に匂いがついた気がします・・・なかなか雑な死骸の始末の仕方でして。あやつら臭くなかったのだろうか。あの上で暮らしてたんでしょう・・・。」

 

 そう言いながらすたすたと引っ立てられて行く罪人どもの後を追って行った。

 

 「思っていたよりしょうもないからくりであったな。」

 

 とつぶやく父に、

 

 「何をしても大丈夫だと思わせたお人がいるからですよ。」

 

 と答える寧信の顔色が悪いのに在信は気が付いた。

 

 「兄上、ご気分でも・・・。」

 

 「大事ない。あのような酷い光景を始めて見たことと・・・本日はいろいろと見て経験した故、今頃気が緩んだのだろう。」

 

 

 

 そう答えた寧信を、在信はゆっくりと歩いて屋敷まで送り届けた時は、すでに日は落ちてしまっていた。夕餉を、と引き留める義姉に頭を下げて、在信は陽高の屋敷まで走って戻った。すると途中から津俱浦屋の友造が現れて並走し始めたので、本日は助かった、と言うと、なんの、とお気楽な返事が返ってきた。

 

 「『此花屋』のことは何人か近所の人に金を掴ませて密告を頼んだだけです。事実ですしね。それに慌てなくても大丈夫でございますよ。陽高様のお屋敷の周りは、朝木道場のお方に見回ってもらってますから。」

 

 それから、と友造は笑った。すでに二人は足を緩めていた。陽高の屋敷はすぐそばだった。

 

 「お見事でございました。在信さんの腕前は存じているつもりでしたけれどねえ、バッタバッタと敵を切るご様子を見せていただけるなんて、友造、一生一度の見ものでございましたよ。若旦那に自慢できますよう。」

 

 「あいつは切り合いなんぞ見たら気を失うんじゃねえか。」

 

 「はっはっはっ!確かに!若旦那は怖がりですからねえ。」

 

 けれどその若旦那の寧之助が友造を貸してくれているようなものなのだ。助かった、と一言ぐらいは言ってやらなくもない、と江戸にいるだろう悪友の顔を思い浮かべた在信の渋面を、友造は可愛いものでも見るように笑って眺めていた。

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村