華の如く その123 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 陽高を襲った剣客を国境辺りまで見送った在信は、その足で朝稽古に向かった。遅くはなったが、前日の襲撃騒ぎの場には道場の師範代が駆けつけてくれていて、陽高の屋敷に剣客を連れ込むまで付き合ってくれていたから、逆に朝稽古に顔を出した在信を見て驚いていた。昨日のことはどうなった、というところだろう。

 

 ほぼ徹夜の体の重さを、道場で動き回ることで汗を流しすっぱりと毒気をぬいた在信は、師範代に頭を下げて礼を伝え、師匠にも言葉に出さずに頭を下げた。師匠は知っているに決まっているのだ、詳細を。師範代は師匠に大事なことを隠し立てする人ではない。それに在信は道場の大事な弟子の一人なのだ。その在信がした勝負の行方を師匠に報告するのは当たり前だった。

 

 「見事な立ち合いだったそうだな。」

 

 「いえ、相手が体を傷めておりました。勝たねばおかしい勝負でした。」

 

 「そうかもしれぬが、在信が仕掛けてついた勝負だと師範代に聞いた。お前の立ち合いには珍しい先手ではないのか。」

 

 「俺は結構目がいいんだ。」

 

 得意げに笑う師範代は、急いで陽高一行の復路に向かおうとしたところに襲撃の始まりを遠目で目撃していたらしい。

 

 確かに在信は後手、受け身から攻撃に変化する立ち合いをすることが多い。相手をよく見極めると言えばいいが、正直性格のせいだと自分ではどこか分かっている。面倒なのだ。こうなってこうやってこうしよう、と勝負を先導するのが。相手の出方に対処して隙を探す方が考え事が少なくて済む、というところか。究極の怠けものだ、と自分でも思うが、勝負に必要な先を読むという行為は結構頭を使うのだ。この性分は剣には相手に手を読ませないですむといういい面はあるが、他の勝負事には向かない。だから在信は将棋で兄には一度も勝てたことがないし、俊之介にも一度コテンパンにやられて二度としねえ、と宣言しているぐらいだ。

 

 「陽高様のほかに男衆も一人連れておりました。二人から敵を遠ざけておかねば、と考えましたので。」

 

 「退路を作ったのか。それでよい。」

 

 ふむ、と茶を喫して、師匠は頷いた。

 

 「在信の剣に重さが加わったように見えたのは錯覚ではなかったな。ただの棒振りではなくなったようだとみていたが、やはり真剣勝負の場を経験していたのだと、昨日師範代の報告を聞いて確信した。そうでなければ、自分一人の勝負に夢中になって、守るべきものを間違えてしまうものだ。」

 

 「真剣勝負の場、でございますか、先生。在信、どのような経験をしたのだ?」

 

 師範代にせがまれて、在信は江戸での陽高との立ち合い、剣客野間銀之丞との初邂逅時の駆け引き、そして銀之丞及び敵対藩士による金本道場襲撃時の立会いについて語った。どれも誰の命も取ってはいない。陽高とは真剣ですらなかった。だが、道場での鍛錬や試合ではありえない、相手の隙を、いや相手の存在を五感すべてでうかがいながら、一瞬で自分の命すら失うようなその瞬間であったのは確かだった。実際銀之丞は未だ剣は振れないだろう。それぐらい強く腕を叩かねばつかない勝負であったし、藩士の敏にいたっては、あばらを二本は確実に折っていた。まだ回復はしていないはずだ。

 

 「守るものができるということはそういうことだ。在信。お前は強く上手い剣士であったが、それはやはり板の上だけの事であった。道場の弟子たちを見よ。確かに若い者たちは力もありあまり体力もある。勢いは若い者に軍配が上がる。だが、長くここにきている三十路、四十路、さらには五十路の弟子たちを見よ。最も強い剣士には見えないだろう。だが同じぐらいの技量の若者と立ち会わせてみよ。必ずや年上の者が勝つだろう。それはなぜか。経験が違うのだ。真剣勝負のことを言っているのではない。年を重ね、職務上の責、家族を、家の名を守る責、そのために耐えたこと、潜り抜けたこと、それらが勝負の時間を耐え抜く力になっている。お前が潜り抜けたのは真剣勝負であるから、剣の経験としてやはり剣技にそれが現れている。だが、在信、お前は陽高様には敵わなかったのだろう?今は?どう思う?」

 

 静かに語る師匠に、在信は目をつぶった。陽高と初対面の日の勝負を脳裏に巡らせる。今なら、今なら。そう思っても、あの日の勝負はやはり何度でもほぼ相打ち。そしてひざを折るのは在信だった。

 

 「陽高様の御覚悟には敵いません。」

 

 そう言った在信に、師匠は莞爾として笑った。

 

 「それでよい。なお一層精進せよ。大切なものが増えても守り抜けるように。」

 

 はい、と頷く在信の脳裏に、由仁の姿が駆け抜けていった。

 

 

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