仁術 その42 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユニは長衣の中からでもよく通る声で答えた。

 

 「暑い盛りに、と母が心配をいたしたのですが、せっかくついた習慣を取りやめると逆に体に悪いと父が申しまして、朝の散歩を続けております。すると軽い昼餉を残すこともなく、夕餉と休む前の薬湯まできちんと摂り続けることが出来まして、この夏を元気に乗り越えました。」

 

 あの、とユニが話を継ごうとするので、ジェシンは首を少しユニの方に傾けて、歩みを緩めた。

 

 「ユンシクが・・・歩き出す前に大きく呼吸を繰り返しまして・・・最初は呼吸が辛いのかと思いましたが、ジェシン様のまねをしているのだと申すのです。何のためにそうなさっているのでしょうか?」

 

 はは、とジェシンは笑った。何でもいい、武術をかじった者、特に真剣にやっている者なら自然と身に付くことだからだ。

 

 「呼吸は大切です。体の血の巡りが体の動きに力を与える。そのためには大気を体に取り込まねばならないのです。取り込むためにはその余地が必要・・・つまり腹の中にある息を吐きだしてしまわないと次の新たな大気を取り込めない。呼吸とは、体を動かすために必要なもので、吸うだけでなく吐くことも意識して整えて深く行うのが肝要なのです。」

 

 だが教えてはいません、とまたジェシンは笑った。

 

 「シクが『真似をしている』と言ったのは本当ですよ。俺は弓も体術もやりますが、すべて呼吸を整えて、体の隅々が滑らかに動くかを確かめながら鍛錬を行うよう教えられました。そうすることで体力も長く続くのだと。自然にやってたんだな・・・シクは俺をよく見ていたのか。」

 

 最後は独り言のようになったジェシンに、ユニは頷いた。

 

 「よく見ていたと思います。歩く際も、速くなくていいけれど歩幅を大きく、と思いながら歩くそうです。呼吸を大きく、歩幅も大きく・・・そうしたらジェシン様みたいに大きくなれそうです、と笑っておりました。」

 

 「はは、大きくなれるかどうかは知らないが、ぼんやり歩くよりはずっといい。特に呼吸は大事だから続けるように言ってくれ。」

 

 つい砕けた口調になったが、ユニは気にせずに、はい、と答えた。とてもうれしそうに。

 

 「父が、ユンシクが持ち帰ったそういう新たな習慣を否定しないのです。母は心配ばかりしておりますが、父が良いと言えば黙認します。父が呼吸の意味などを知っているとは思えませんが・・・父が体を動かすなど想像もできませんもの・・・。」

 

 「だが、お父上は学者であられるだろう?学者と言われる人は、疑問を持ったことを調べるのが好きだと聞いたことがある。シクが虚弱だと分かった時、もしかしたら医術書でも読んでおられるかもしれないし、医師殿に何かお聞きになったのかもしれない。」

 

 俺は、とジェシンはしっかりとユニを振り向いて、気が付いたように抱えている荷を奪い取った。あら、と声を上げるユニに、気の利かぬことですまん、と言ったのはジェシンの方だ。

 

 「そこまで持ちますよ・・・ずっと抱えて歩かれるんだ、少しぐらい手を休ませたらいい。それで・・・まあ、俺の考えなんだが、別に俺のように積極的に体をいじめるような武術を無理にする必要はないと思う。少しでも歩く習慣。天気が悪ければ縁側で少し体をほぐす。そうやって続けることが体を整えるのだと思う。何度か見舞いに来た俺の友人・・・あいつなんぞ武術など何にもできない奴だが元気そのものだ。ただあいつはどこかに行くのに腰の軽い奴で、自分が赴くことを惜しまない。よく笑い、よく喋る。身振り手振りも大きい。あいつはそうやって体を動かしているようなものだ。それぐらいの軽い気持ちの方が続くだろう。」

 

 自分でもよく喋る、と思う。だが、少市首をかしげるようにして見ているユニが、長衣の間から見えるその瞳をきらめかせて頷き、目を細めてほほ笑んでくれるものだからついしゃべってしまう。止められない。ユニが聞きたいことなら何でも答えてやりたい。そう思っている自分の気持ちが、医院にいた時と何ら変わりないとジェシンは気づいていた。

 

 

 

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