㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
すでにユニと医師の用事は終わっていたようで、ユニは厨から湯を貰い、茶を医師とジェシンの二人の前で淹れてくれた。その間のジェシンに対するジェシンへの注意ともいえない生活面の忠告を感心したように一緒に聞いていたが、二人が茶に口をつけると、辞去の様子を見せたのでジェシンは慌てた。
せっかく会えたのだ、手紙のやり取りではなく。ユンシクの様子を直接聞きたい、いや違うな。
長衣を腕にかけ、立ち上がったユニを追うように、ジェシンも立ち上がった。面白そうにそれを見る医師に、ユニ殿をそこまでお送りします、と素直に断ると、ユニはまた驚いたような表情を浮かべた。
「来られたばかりです。お話もされていたのに・・・私は一人で戻れますので。」
「日がくれる前に戻らないとね、ご母堂が心配されるだろう。」
ユニの脚で午前中に都の医院に着くには、早朝に出たに違いない。戻りも同じだけかかる。それが言い訳になる。
「シクの様子もお聞きしたいが引き留めるわけにもいかないでしょう。歩きながら・・・。」
立ち上がったジェシンを止めるつもりもない医師は、にこにこと手を上げた。見送りの代わりなのだろう。すでに片手には擂粉木を握っている。傍らにある鉢で薬を擦るのだろう。忙しい医師なのだ。
ユニは困惑しながらも、会釈して医院を出た。ジェシンが先に外に出てしまっていたから、後を追う形になってしまった。それでも門の前で待っているジェシンの傍に行こうと、長衣をふわりと広げて頭からかぶった。
それを見て、ジェシンは少しほっとしたのだ。医院にいる時は、長衣を被っているところなど見たことがなかった。立ち働いていたから当たり前ではあるが、それは庭を含め屋内であるし、家族ではなくても共に暮らす人たちがいる場だからだ。一歩外に出るとき、両班の女人はできるだけ肌を隠さねばならない。未婚の若い娘は余計にそうだった。それがしきたりだった。
それに、今日のユニは、医院にいた時と少し違った。両班の令嬢として着飾っているわけではない。だが、立ち働いていた時のような動きやすい少し袖の短めのチョゴリや暗い色のチマではなかった。薄い黄色地のチョゴリは手の甲まで覆う、薄いが張りのある生地であり、胸高に穿いたチマは若々しい紺色だった。綺麗に編んだ髪にはチマと同じ色のテンギが結ばれている。他にユニを飾るものは何もなかった。けれどジェシンには何もかもが美しく仕上がっているように見え、それを隠してほしかった。
相反する事実として、ジェシンにもユニの表情は見えなくなる。だがそれの方が少々ありがたかった。みぞおち辺りへの力のこめ方がどうもうまくいかない。少しばかり会わない間に忘れちまったのかよ、と自嘲しそうになるぐらいに、今日の邂逅はジェシンを驚かせた。しゃっくりを出さなかったのが上出来だ。驚きすぎてしゃっくりすらとまったのかもしれないが、名を呼ぶときはしっかりと詰まってしまった。
どちらに向かわれるか、と聞くジェシンに、ユニは白い指をすっと左側へ伸ばした。都の東寄りの北側へ向かう街道へ抜ける道だ。ジェシンは頷いて足を向けた。後ろからユニの小さな足音が聞こえる。横に並ばないのが不思議に思って、しかしよく考えるとユニの態度は当たり前のことだった。目上の人の前は案内などの事情がない限り歩くものではないのだ。隣もしかり。ジェシンとユニは若者同士だが、年齢だけはジェシンの方が上、その上男と女だ。ユニが一歩引くのは、両班の常識上は当たり前のことだった。
だが不満だ。話もできねえ。そう思ったジェシンは、頑張ってみぞおちに力を入れた。医院から街道まではすぐだ。そこまでに行きを整えて、腹に力を入れる練習をどうにかやり遂げたジェシン。
「シクの体はどんな様子ですか・・・ユニ殿。」
練習のおかげで、ようやくジェシンはユニの名を詰まらずに呼べた。