㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「何でこんなに混んでるんだよ・・・。」
ヨンハは後部座席でぶすくれていた。年始めだということで、父親と共に家業の挨拶パーティに出席させられていたのだ。少年の頃からの習慣だとはいえ、正直このパーティは嫌いだった。挨拶する相手は基本父親と同じぐらの親父ばかりだし、その奥様達に妙に愛想よくされるのも疲れる。愛想よく返さなければならないからだ。得意だけれど。にこりと華やかな笑顔を貼り付けて、白い歯を見せて、快活に。簡単なことだけれど、別に疲れない事はないのだ。
これが同年代の女の子たちがいっぱいいたらなあ、なんて不謹慎なことを思うけれど、その会場にいない事はない。親父たちが連れてくる娘だか孫娘だかが最近増えてきた。挨拶するたびに紹介され、若者同士の方が話も弾むでしょ、とわざとらしく遠巻きにされるけれど、初対面の少女と弾む話なんかたいしてないのを親父たちは若い頃に置き忘れてきたのだろうか、と彼らの記憶力を疑いたくなる。にこりと華やかな笑顔を貼り付けて、白い歯を見せて、快活に。マダムたちと同じ対応をする。それだけで少女たちは頬を染めてうつむいてくれる。一丁上がり。女なんて同じ。19歳の青年が持つにはただれた考えだけれど、ヨンハにとってパーティ会場で紹介されるどこぞのお嬢様たちは、その親たちと紐づいている分愛想笑いの対象でしかないのだ。つまり疲れる。
「祝日みたいなもんですしね、観光客も多いですし、混雑するのは毎年の事じゃないですか。」
運転しているのはトックというヨンハの付き人みたいな青年で、パーティの後はさすがに帰宅を許されたヨンハだけを迎えに、会場のホテルに来てくれていたのだ。のろのろとしか動かない渋滞中の道のことについて文句を言われても、それはトックのせいではないし、ここの所毎年聞いている文句だけれど、いちいち律義に答えてくる。
「分かってるよ・・・。」
ヨンハは窓の外を見た。帰宅した家で別に何が待っているわけではない。中学生から始まったこの新年の顔見せみたいな行事は、最初はさっさと帰ってゲームがしたいな、と思っていたし、高校生の時は、そのまま百貨店に直行して、服やら靴やらを買いあさって憂さを晴らした。今日は映画でも見ようかとパーティ前に悪友に連絡を入れてみたら、パーティが終わるころに返答が返ってきていて、ちょうど誘いを入れた時間にはすでに映画館に座っていたらしかった。もう見た、という簡素な返事にへそを曲げて、スマホは座席に放り出したまま、さっきからすっかり拗ねてしまっている。
「このままお帰りでいいんですね?」
「・・・どこに行くつもりもないってば・・・。」
念押しの確認に拗ねたまま答えて、ヨンハはウィンドウに額をつけた。冷たくて気持ちがいい。生暖かいホテルの会場で、大人の男の整髪料の香りと、マダムたちの香水の香り、形ばかりとはいえホテルの自慢の料理とワインやシャンパンという酒の匂い。何人もと握手をしたし、肩を叩かれたりしたし、と思うとそれらの匂いが全部ついている気がして、ヨンハはパワーウィンドウを少し開けた。
「気分でも?」
「いや・・・ちょっと外の空気吸いたい・・・。寒いか?」
「こっちにまで冷気が流れてくるようなら言いますね。」
「うん。」
全開、と言っても下から四分の一ぐらいは開かないが、とりあえずとまるまで窓を押し下げて、ヨンハは外を眺めた。ゆるゆると進む車に合わせて流れ込む空気は冷たいが、気持ちいい、と思った。大学でプレイボーイとして知られるヨンハだが、自分では結構な人嫌いだという認識がある。人に相対するのは得意だ。だけど得意でもくたびれる。特に遊んじゃいけない、誤解させてはいけない女の子としゃべる時は。この年で紹介されるということは、それも仕事がらみ、大人の仲介となると、将来を縛られる約束をさせられる可能性が高いのだ。
結婚なんてやだやだ。楽しく遊ばせてくれよ。
そう思いながら外を見ていると、バス停を一つ通り過ぎた。バスはまだ停まっていて、その横をゆっくり通り過ぎたヨンハの乗る車。ぼうっとした視界に、何か綺麗なものが入ってきた気がして、ヨンハは首をしっかりと立てた。
バスの影から歩き出している少女がいた。ちら、ちら、と街路樹に遮られながらも、その少女の姿はヨンハの目を惹きつけてやまなかった。何か買ったのか紙袋を胸に抱きしめ、しっかり前を向いて歩む横顔は木漏れ日にきらきらと輝いていた。
風が吹いた。少女のポニーテールがそよぐ。車の中にも入ってきた冷気。けれど彼女はちっとも寒そうではなかった。もっとあらわになった額が白く光り、さらに輝いて見えた。
「・・・あの子の香りは・・・。」
ずっとずっと傍で香っていてもいいぐらい、春の匂いがしそうだ。
そう小さく呟いたヨンハと少女が出会うのは数年後。