仁術 その30 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユンシクはどんどん治っていったようにジェシンには見えた。実際そうなのだろう。医師の診察の時の言葉は明るさに満ち、何よりも顔つきが変わってきた。少年じみた幼い顔つきが、青年のそれへと移行してきていたのだ。本を読みふける横顔は智に満ち、首筋に力が入っているのが分かるようになった。厠に行く時ぐらいにしかたち歩くことのなかった毎日に、ジェシンと共に朝の散歩と称して庭を歩く時間も増えた。

 

 ジェシンには歩くことが治療の一つだった。骨折はほぼ治っているが、長期間固定していたので関節は固くなり、筋肉は衰える。右と左では太さが全く異なることになっていて、晒をとった脚を見比べて、ジェシンは笑ってしまったほどだ。朝、医師の診察の後、弟子の医師が足の曲げ伸ばし、少々の揉み療治を施してくれて、その後庭を何周か歩き回ることが処方として加わった。それを数日行い、違和感がなければ、ジェシンは治療が終わりとなる、そう告げられた。

 

 それはユンシクとユニとの別れの時だということだ。ジェシンは成均館に戻り儒生としての生活がまた始まる。ユンシクは療養が続き、ユニの看護も続く。そこに何の接点もない。

 

 だがジェシンは知っている。半年後の年が改まった初春に、必ず小科の試験が行われることを。現王は若い才能を見つけるのが好きで、滞りがちだった小科大科という科挙を定期的に行い始めていた。特に小科は大勢の両班の子弟が受けるので、念に一度は必ず行うと王が宣言しておられて実際に行われている。だから確実に、年明け早々にはある。

 

 ユンシクにはそう告げた。間に合わせろ、と。年が明ければユンシクは16歳になる。小科を受けるのに早すぎることのない年齢だ。ジェシンだって17にうけ、そして今成均館にいる。変わりない。お前は決して世から遅れてなどいない。それを自分で確認しろ、とジェシンはけしかけた。

 

 「そのためには体をしっかりと治さねばならないな。自分には今、何が必要だと思うか?」

 

 ジェシンが散歩がてら問うと、ユンシクはしばらく考えてから答えた。季節は夏に向かっている。朝も朝餉の時間を過ぎれば、暑さを感じるほどにはなってきていた。

 

 「僕は・・・夏に体力をつけるべきなのだと思います。ここ数年、夏に食べられずに痩せたまま過ごし、秋風が吹くとせき込んで熱を出し、長く寝込む、ということになっているように記憶しています。」

 

 「暑さに負けるという事か?」

 

 「立ち働いているわけでもないのですが、情けないことです。」

 

 「逆かもしれないな・・・。」

 

 ジェシンの傾げた首に、ユンシクも同じ角度で首をかしげて見つめてきた。足は停まらず、歩き続けている。

 

 「働く、というよりは、体を動かしていないから力も付かない、という順番かもしれない。体を動かせば腹も減る。」

 

 「・・・熱が出ていない夏の間は、とにかく父と本に向かっておりました・・・。」

 

 「それはまあ、必要なことだろう。だがこうやって・・・今俺とお前がやっているように、ただ歩くだけでも足腰の力はつく。別に激しく動き回れとは言わねえが・・・俺がここを去ってからも、こうやって歩いておれば、足腰も鍛えられるし腹もすくから飯も食えるだろう。」

 

 医師殿とも相談しろ、とジェシンが言うと、ユンシクは元気に頷いた。

 

 確かに、一緒に歩き始めてから、ユンシクは『旨そうに』飯を食べるようになった。食べなければならないという義務感より、腹が減って食いたくて仕方がない、方が食べる価値もあるようにジェシンも思う。酔いたいだけで飲む酒が旨くないように。

 

 歩いていると、医院の様子がよくわかる。ユンシクとそんな話をしながら見る先には、かごに布を入れて水場に向かうユニの姿があった。水場にはすでにジェシンの助けた猫の飼い主である幼い兄妹が来ていて、盥の中で足踏みしている。裏庭に張り巡らされた綱にはすでに何枚もの布が干されていて、何度目かの洗濯をユニと二人の子どもたちはしてくれているのだ。

 

 ユニが振り向いてジェシンとユンシクに気付き、にっこりと笑った。ユンシクは姉上、と声を上げ、ジェシンは頭をぺこりと下げた。ジェシンが医院を出れば、こんな毎朝もなくなってしまう、とジェシンは改めて気付いた。

 

 だから、ユニにある日、こんな提案をしたのだ。

 

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