㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ちょっとの間スタジオを追い出されたジェシン。一応ね、と着替えたユニと再び階段を降り、そっと入ったバーの裏口。ジェシンもさすがにジャケットを脱ぎ、カッターシャツのボタンを上から二つほど開けて、会社帰りの様子をごまかした。週末のバーのステージだ。少しでも仕事のことを忘れる、そんなひと時がいい、とジェシンは客の気分を考えたのだ。
衣装というには地味だろう。実際、ジェシンが見たステージのすべて、ユニは似たような格好だった。けれど、音合わせの時点での黒Tシャツとジーンズではない。テロりとしたブラウスは今日は浅いVカット。襟元はあっさりとしているが、手首まである袖はふわりと膨らんでいて透けている。腰を強調したワイドパンツは今日は黒で、裾がひらひらと揺れるほど裾幅があり、一見ロングスカートの様だった。ポニーテールに結っていた髪はその房の部分がくるくると巻き込まれてお団子にしただけなのに、それがぐっと雰囲気を大人びさせていて、初めて今からが本番なのだとジェシンに自覚させる。
実際俺よりは年上なんだろうな。
と少々自信無げに予測するのは、その雰囲気の変化ゆえだ。さっきまでの服装のユニは、カジュアルで、美しいが大きな目が表情を幼く見せていて、ガタイが良く、昔から実年齢よりも年上に見られてきたジェシンからすると、かわいらしいといった表現がぴったりの女性だった。ただ、このバーで歌っている期間が、ジェシンが知る前からずっと続いているようなので、まさか未成年に酒を飲む場で歌わせることはないだろうから、と年齢を推測するしかなかったのだ。俺より二つ三つ上か?と思いながら、ジェシンはユニに従って少しだけ高いステージに上がり、軽くフロアに会釈してからピアノに腰掛けた。
ユニには段取りを教えられていた。ユニがマイクの調節を少ししてから、挨拶をする。その間極小の音で一曲目の前奏を繰り返して弾いていてほしい。いつもそうなんですか、と聞くと、アジョシは慣れてるから、と笑い、
「アジョシはその日の気分で勝手に自分の弾きたい曲を弾いてるの。そして私が準備を終えて、私とアジョシの紹介を軽く終える頃に、一曲目の前奏に自然につなげちゃうのよ。」
と言った。そんなことが密かに行われていたのか、とジェシンは何度もその場にいたはずなのに気づいていなかった自分に驚いた。
「バーですからね。お酒の席を邪魔するような音は出さないことよ。飲むのも忘れて演奏を聴いて、なんておこがましいわ。お酒の当てにして、っていう意識が妥当かしら。」
ふふ、と笑うと、ユニはいたずらっぽく片目をつぶった。
「偉そうに言ってごめんなさい。でも、あなたとならいい歌が歌えそうな気がするわ。だから張り切りすぎないようにって、今のは私自身への戒めみたいなもの。」
「いや・・・こんな舞台は初めてだから参考になります。」
「やだ、恥ずかしいわ。」
そんな会話を思い出しながら、ジェシンは軽いタッチで鍵盤に触れた。名曲Night & Dayは幸いに同じリズムを刻む最初のスキャットの部分がちょうどBGMにいい。練習にもなる、とジェシンは素直にその曲を奏で始めた。マイクはスタンド。毎回使うのはユニだけなのに、マスターが準備してくれるのだが、高さがいまいちちゃんと合わないのだという。それを調節して止め、角度を確認したユニは、マイクのスイッチを入れ、フロアに顔を向けて背筋をすっと伸ばした。
「こんばんは、キム・ユニです。今日はちょっと訳があってピアニストが違うの。でもフィーリングは大丈夫だと思うので、お酒とマスターのピザと一緒に歌を楽しんでくださるとうれしいです。じゃあ、ムン・ジェシンとの初セッション。よろしく。」
柔らかなアルトが囁くように響いた。ジェシンは自分の名のところで軽く頭を下げながら前奏に入る。するとふわ、と振り向いたユニがにっこりと笑ったのが横目で見えた。
いいわよ、行くわよ。
その微笑みのいたずらっぽさにジェシンの気分も緊張から興奮に変わった。
OK
前奏からスキャットに入る瞬間、ジェシンはぐっと音を押さえ、バーの客と共にユニの歌声に耳をすませた。