㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
同窓会が行われたのは卒業して10年が経った頃。この高校では恒例で、卒業時に幹事が決められ、5,10,15年などの卒業からきりのいい年回りに開催されることになっている。それが5年ごとなのか10年ごとなのかは幹事の熱意次第。
ユニも友人に誘われて参加した。幾人かから結婚の報告も受けていたし、式には出なくてもお祝いぐらい直接言いたかった。お互い仕事を持ち忙しい身だと知っているから、めったにないこんな機会を逃す手はなかった。
その会場で彼を久しぶりに見たユニ。
小鳥が一斉にさえずった気がして振り向くと、彼がいた。いつも。
彼が歩くと、周囲がきらきらと輝いて見えた。まるで星が空から落ちてきて彼の周りで跳ねまわっているみたいに。いつも。
彼は素敵だった。すらりとしていて、色白の肌に優し気な目元。すっきりとした鼻筋と、引き締まっているのに柔らかそうに薄い色に染まった唇。学年で常にトップの成績で、運動神経抜群で。彼に敵う人なんていなかったけれど、彼はちっとも偉そうにしないで親切だった。
話なんかできなくてもいい。いいえ、お話してみたいけれど、ユニには声をかける事なんてできなかった。彼の周りには男子生徒も女子生徒もいつも群がっていて、ユニは席替えで近くに座ることになったとき、ちょっとだけ彼に近づけた気がしただけだったけれど、そんな些細なことでもうれしかった。
学校中の女の子たちが、彼の歩く姿を目で追い、実際に後をついて回っていた。そうしたかったのだろう。私みたいに。
私はできなかったけれど、でも彼の傍にはもっと近づきたかった。
きっと彼は前世で素晴らしいことをした人だったのだとユニは思っている。彼がこの世に生まれ変わるとき、天使たちが自分たちの理想を彼に全部与えたに違いないのだ。きらめく月光を彼の髪に、青く輝く美しい星の光を彼の瞳に。そう天使たちに祈りを貰って彼は生まれてきたに違いない。
それぐらい彼は素敵だった。そして今も。10年たってすっかり大人になっても、彼は変わらず、いいえ、大人の美しささえ備えた、もっと素敵な人になっていた。
彼との思い出は、彼を見つめていたことだけ。一緒に何かをした、とかではない。ただユニは彼を見つめていただけだった。手の届かないきれいな人。自分とは生まれた時から違う世界の人。そう、彼は家柄すらとても良かったのだ。ユニは多少先祖はさかのぼれても、平々凡々の名もない家の娘。同じクラスになれたのが最高の幸せだった。そう思って、彼の傍に近づきすぎないようにしていただけ。勇気なんて、なかった。
彼にとっては、その他大勢の、ただのクラスメイト。それでよかった。彼はもっと素敵になって、私の夢を壊さないでいてくれた。やっぱり素敵な人。今彼の周りにいる子たちも、私と同じようにあなたに夢を見ていた女子高生だったわ。私と同じように。そうユニは彼の姿をただ何度か見つめて、かつてのクラスメイト達と近況を報告し合って、そして同窓会はお開きになった。
何人かから、二次会に行かないかと誘われた。向こうで盛り上がっている、クラスの中心人物たちが企画したらしい。でもユニは礼を言って帰ると告げた。満足してしまったから。彼に会えた。話もできなかったけれど、同じ空間に居られた。それだけでいい、と思った。ユニの初恋だった。遅い初恋。叶わなかった、何もできなかった恋。でも彼は素敵なままユニの初恋の夢を壊さないでいてくれた。ユニはこれからも美しい思い出を持って生きていけると今日分かったから、それでいい、と思った。
手を振って会場を出る。二次会に出ないまでも、まだ名残を惜しんで喋ったり、連絡先を交換したりしている同窓生たちを縫って、ユニは外に出た。駅まではちょっと歩くけれど、心を静めるにはちょうどいい、とユニは歩き出した。ちょっとだけセンチメンタルになったけれど、明日からはまた仕事。うん。頑張らなきゃ。
そう思っていたら後ろから声が掛かった。
キム・ユニさん。
え、と立ち止まる。振り向くのが怖かった。私、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかしら。ずっと耳をすませていた、高校の時も、さっきも、その彼の声のような気がする。
ユニさん、俺のこと覚えてくれてたかな、イ・ソンジュンだけれど。
忘れるわけない。私の初恋。でも、どうして?
恐る恐る振り向くと、そこにはソンジュンが立っていた。振り向いたユニに安心したようにほほ笑み、一歩、二歩、近づいてきた。
「帰っていくのが見えて・・・。久しぶりだね。」
「・・・ええ、とても・・・。えっと・・・二次会に行くんじゃないの?」
ソンジュンは穏やかに、けれどはっきりと首を横に振った。
「君が行くなら行ったかもしれないけど。君は帰るみたいだし。電車だよね。一緒に帰っていいかな。送らせてくれないか、君を。」
また一歩ソンジュンが近づく。あの頃はどうしても縮めることができなかった二人の間の距離が、こんなに簡単に。
「えっと・・・えっと・・・どうして?」
戸惑うユニに、ソンジュンはちょっと照れたように笑った。
「今日は・・・君に会えるかも、と思って参加したんだ。後悔してて・・・高校を卒業する前に君に・・・君と連絡を取り合えるようになりたいと思ってたのに、声をかける勇気が出なかったんだ・・・大学も違っただろう?ずっと・・・ずっと・・・君に会いたかった。」
信じられない、とユニはソンジュンを見つめた。
天使が彼に与えた光り輝く髪と瞳。その光がユニを包み込んだ。そんな気がした。
カーペンターズ 『遥かなる影』に愛をこめて