㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
お手をどうぞ、お嬢様。
まるで見ている者が自分に言われたかのように感じるそのしぐさ。その手にいざなわれたいと思う少女たちは大勢いるのに、と目の前に差し出された、大きいけれど色白の優雅な掌を、ユニは呆然と見つめた。
国の戦乱がおさまった後、急速に復興が進んだ。そう見えるのは都市部の一部だけだが、やはり昔から土地、金を持っている者が強く、元から地位があった人々が、戦後の復興に乗じて新規の商売を始め、さらに富を増やしていくのがあからさまだった。
学校も、小学校以上は金のある者が子供たちに行かせるところだった。ユニの家は名家であるだけで、金はあまりなく、土地家屋が自分たちのものであるだけが救いだった。父は何とか役所の仕事に就き、その給料だけでやっていくのが精いっぱい。けれど花嫁修業、という名の人脈づくりだろうと理解はしているが、名門の高校に進ませてもらえた。成績は常に上位だが、大人しく目立たないように過ごした三年間。両親に頼み込んで、教師になる大学に進学できることになり、ようやく卒業を迎えた。
少しばかり欧州の制度を取り入れたこの高校は、卒業生のパーティーがある。ドレスコードがあり、女の子は雑誌などで見るアメリカの少女たちが着るようなドレスを街の店で仕立ててもらい出席するのだ。ユニは行かないつもりでいた。けれど、前の年に卒業した先輩たちのドレスを安価で貸し出すという商売を始めた店があり、何人かはそこで調達するとユニにも声が掛かった。一緒に行こうよ、と境遇としてはよく似た者であるクラスメイト数人に誘われて、ユニも行く気になったのだ。
楽しくないことはなかった。ユニはいわゆる大学進学のクラスにいた。受験勉強漬けの毎日が終わり、気分も良かったのだ。他のクラスの少女たちはそのまま花嫁修業に入ったり、実際にすぐ結婚が決まっている者もいた。そんな時代だ。けれど何人かは、相手を選ぶのだ、と見も名誉も最高の相手がいい、と嘯いているのも知っている。いずれもユニには関係のない話だ。ユニは小学校教諭になり、働いて生きるのだ。両親はここで誰かに見初めてもらうことを望んでいたっぽいが、そんなこと自分が望んだことじゃない。ユニにだってそれぐらい考えて行動する権利はあるはずだった。
とにかく、勉強にどっぷりつかり、そして何人か気の合う友人もできた、そんな高校時代の最後。壁の花でもいい、そんな楽しかった時間をゆっくり思い出せる場に居たいと思うのは自然なこと。それに、借りた薄いブルーのドレスは膝のあたりでひらりひらりと裾が舞って、胸元のストラップの留め具が綺麗なバラの花の形で、共布のリボンまで貸してもらえて、それをポニーテールにかわいらしく結ったユニはとてもうれしかったのだ。卒業と入学と、そして初めて着た晴れ着に心が躍った。パーティ会場でお互いの進路を寿ぎ、甘いジュースと家では出ないおしゃれな食べ物をつつき、聞いたことのない英語の音楽が流れる中、そろそろお開きかというころ。
「さて!青春の思い出に、ダンスタイム~~!勇気を出して、意中のお相手を誘って一曲!踊りましょう!」
司会の声とともに会場は一瞬静まり返り、そして歓声が起こり、そして今度はざわざわとしだした。一組、二組、とカップルがフロアに現れ、予想内、予想外のその組み合わせに嬌声やからかい声が飛び交う中、関係ないとばかりにユニは壁際に向かった。
壁にもたれようと振り返ったとき、びっくりした。目の前に青年が立っていたから。ネイビーのスーツを隙なく着こなし、ブルーとレッドのネクタイが細く締められている胸元が目の前にあった。
「キム・ユニさん。」
そのネクタイの上から声が降ってきて。
見上げるとそこには、ユニの学年では常に最優秀の。そして国で一、二を争うほど名家と言われる両班を先祖に持ち。その容貌スタイルが美しいことで有名な。
イ・ソンジュンが立っていたのだ。
周りが静まり返るのが分かる。ユニも声が出なかった。同じクラスだったけれど。おはようさよならの挨拶ぐらいしかしたことがない人。皆が噂していた、結婚の理想の相手。でもユニには遠い、関係のない場所にいる人のはずなんだけれど。
目の前にいて、ユニを見つめている。そして名を再度呼び、そしてこう言った。
「僕と踊っていただけませんか。」
差し出された、大きいけれど色白の優雅な掌。息をのむ周囲。どうして、という強い視線。けれどそれに負けないソンジュンの強い瞳。
「ワルツです。僕が必ず君をリードする。怖がらないで。」
胸の前に組まれたユニの片手がそっと取られ、そして引き寄せられて腰に手が回った。どこかで悲鳴が聞こえる。でもその声が遠くに遠くに聞こえる気がする。聞こえるのは彼の囁き声だけ。
「帰りもお送りします。踊り終わったら、このまま会場を抜け出しましょう。だから手を離さないで。」
僕の顔をずっと見ていて。足元は見なくていい。手を引き、腰を抱く僕の動きが君を導くから。そしてそのまま。
音楽が流れ始めた。皇帝円舞曲。ダンスフロアにたどり着いたソンジュンとユニは見つめ合った。
恋の始まりを、みんなが見ていた。