㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
強気だな、とつぶやいたのはヨンハだった。夜、部屋に押しかけて酒を飲むジェシンから聞かされたギドとの言い合いの顛末に一言の感想。そして酒を一口。
夕刻、夕餉前に帰ってきたユニはご機嫌だった。懐が思っていたより温まったらしい。母上にね、簪を差し上げようと思っているんだ、と笑う彼女に、ソンジュンは聞きたかった。
君の簪はあるのかい、と。
ジェシンは言いたかった。
お前のものを贖え、と。
そして実際に口に出したのがギドだった。
姉上には土産はないのかい?と。
するとユニは首をかしげて笑った。
「姉上のものも僕のものも、身につけるものは母上がお考え下さるから!母上はご自分のものを後回しにされるでしょ。だから僕が贖って差し上げるんだ。」
そこに暗い陰りはなく、ただ母に孝行したい子供が一人いただけだった。そうか、そうだな、そうして差し上げたらいい、そう口々に周りにいた皆が言った。ジェシン達だけではない。同じように食堂に向かっていた東斎の儒生達も大きくうなずいたのだ。ここにいる者たちは大体若く、父は家長として畏怖すべき存在だが、母というのはひたすら優しいものである、というものが多かった。成均館に入るほどだから、他の儒生もそれなりに頭がいいものが多い。皆家の自慢の子息だ。母に大切にされていた記憶の多い者たちは、母に孝行をしようとしているキム・ユンシクには賛同しかないのだろう。
そうやって、身を粉にして家族を養い、踏ん張っているユニ。早く本物の彼女の姿に戻してやりたいのは、ジェシン達だって同じだ。それを堂々と彼女に言えるギドがうらやましい。言ってはいないかもしれないが、態度に、表情に載せることは可能なのだ。ギドがキム・ユンシクの正体を知っていると、ユニは分かっているからだ。だがヨンハ、ジェシン、ソンジュンはそれができない。どんなに味方だとユニに想わせていても、ユニにとって彼ら三人は、最も大きな秘密が壁として間を隔てる関係なのだ。知らないから。知らないと思わせているから。彼女が本当は女人なのだと。
くそ、と酒を呷るジェシンに、飲みすぎるなよ、とヨンハはたしなめた。
「明日の朝、テムルに叱られるぞ~『サヨン!酒臭い!』ってさあ。」
「分かってる・・・。」
朝に弱いジェシンを起こす役目を自分の仕事のように思っているユニ。毎朝、小さな手でゆさゆさとジェシンの体を揺さぶって、起きて~起きて~、と呼ぶ声は東斎の名物になっている。ジェシンを起こすのは昔はなかなか危険な行為だったのだ。機嫌が悪く、悪態をつかれるぐらいはましな方、足が出る手が出る。ジェシンを起こすのは面白がるヨンハしかいなかった。けれどユニが起こすとぶつぶつ言いながらも大人しくジェシンは起きる。もう、もう、と文句を言いながらジェシンのために洗顔の桶を縁側に並べ、腕を引いて引きずり出してくる小さな同室生の姿は、ジェシンの威圧感を少し下げた。少しずつ成均館にいる儒生たちがジェシンになじんでいくのを、ヨンハは不思議な気分で見ていたものだ。
そうなのだ。そうやって成均館で彼女はジェシン達と暮らしている。それは永遠にも思えたことだ。今を懸命に生きる彼女のために、自分たちも今を生きていた。だが、ギドの言葉が突き刺さる。
『親を説得することなどとうの昔にやってきました。俺は明日にでも彼女を抱きしめることができるんだ』
出発点が違うだけでこんなにも。こんなにも差が出るのだ。年月で言えば、自分たちの方が長く一緒にいる。ずっとだ。ソンジュンとジェシンなど同じ部屋で寝起きしているのだ。生活を共にしていると言っていい。なのに、彼女のこれからについて何もできない自分たち。彼女の戦いをただ黙って見て、時々支えるぐらいしかできない。それを彼女が望んでいるからだ。将来の話をできる立場を持っていないから。ギドは、それを出発点から持っていた。だが。
「テムルの望み・・・本当の望みとはなんだ?」
ヨンハがつぶやいたのは、ジェシンが背を向けて扉を閉めたときだった。