㊟フォロワー様500名記念リクエスト。
成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
妓楼と言えば、ヨンハの暗行御史中の主な活動場所は、その土地の妓楼だった。
商人としてその土地に赴いたヨンハ。暗行御史は基本一人で行くものだが、ヨンハは平気でトック爺を連れて行く。従事官時代のお役目の時も同じだった。誰にも何も文句は言われていない。成功すればいいのだ。それにそこそこいい身なりの商人の若旦那が、それなりに金も懐にあるはずなのに、供の一人もつけていないのはかえっておかしいだろ~、と嘯いて、友人のジェシンを呆れさせていた。ソンジュンに至っては、君も大変だね、とトック爺に声をかけていたぐらいだ。慣れてますから、と答えたトック爺も、ちょっとばかりソンジュンのやさしさに感激はした。
今回も勿論妓楼を大いに活用した。ただ、妓生と寝なかっただけ。願掛けしてるんだ、と澄ました顔で大ウソをついて、一晩寝ないでただ酒とごちそうを奢ってくれる奇特なお客様に徹した。どんな願掛け、と聞かれると、子宝、と簡潔に答える。大きな家ほど跡取り問題は重要で、女断ちするからどうか男児を、って願掛けしたからさ、それまではだめなんだよ~、と爽やかに笑ってやると、若旦那様もご苦労なさいますわね、と同情の声が帰ってくる。でもお前さんもお仕事だからね、その分、酒と食い物で堪忍しておくれ、ああ、ちゃんと花代はあげるからね、とほほ笑まれると、こんな楽な仕事は妓生にとってないのだ。
勿論、土地の商人と商談のために妓楼を使って、そのまま床入り、そういう流れはちゃんとたどっている。ただ寝ないだけ。酒を飲ませていい気分にさせ、他のお客の話をさせる。最近金回りのいいやつだとか、今までで一番身分の高いお客は誰だったとか。へえ、ふうん、いいねえ俺もお知り合いになりたいねえ、そんな珍しいお土産を貰ったのかい、見せてもらうわけにはいかないよねえ宝物だもんねえ、ふうん別邸までもっているなんで豪勢だねえ、俺も早くこの土地の皆さんにあやかって、せめて屋敷だけでももっと大きくしたいもんだ、いいねえ!
おかげで、抜け荷をしている商人の特定、その商人と癒着している役人の特定、本来の租税より過少報告してその上前を撥ねているという裏付けを、聞き集めた情報からたどって手に入れた。役人どもは、本来頂いている俸禄とこの土地に来てからの財産の増え方、仕事上での不正などで、捕まえてからもいくらでも埃が出るが、商人に関しては抜け荷の証拠か取引の現場を押さえなくてはならない。取引場所は、妓生の情報から調べた別邸の一つであることがトック爺のおかげでわかり、そ奴らの行動を監視したうえで取引の日も特定した。
「俺はさ~~、コロとは違って腕に覚えがないからねっ!」
懐に忍ばせた馬牌。これを持って、隣県の兵舎に人を出す要請をする。土地の兵を使うと、事前に話しが漏れる可能性があるのが怖い。王様の勅命の証である馬牌の威力はすごいもので、地方で少々警戒心の薄い海岸警備をしていた兵たちの顔も引き締まった。隊長には、この仕事の成果は詳しく王様に直接報告すると、名が挙がることをにおわせておいたので、もっと張り切ることが約束された。これでヨンハは、高らかに自分の役目を叫べばいいだけで、力仕事はしなくてよくなったのだ。
「だってさあ、俺がさあ怪我なんかしたら、ユニが泣くだろ?!」
この夜ばかりは官服を着て威儀を正しているヨンハ。だが、言っていることと顔はだらしない。ちゃんとしてください、とにらむトック爺に、だってそうだろ、となおも絡む。まもなく突入する。先ほど荷を乗せた荷車が何台か門をくぐっていったのを確認した。裏も固めているから蟻のはい出る隙間もないはず。ヨンハがくねくねしているのは、隊長ときっちり計画して、捕縛の段取りもすべて終えているからだ。
ヨンハの手が上がる。するとかがり火がたちまちのうちに燃え上がり、闇に隠れていた兵たちが別邸を取り囲んだ。
「門を開けよ!すべては明るみに出ておる!」
そして門は壊され、兵たちが整然と、だが勢いよくなだれ込むのをヨンハは満足そうに眺めた。