Love Affair その5 ~ジェシン編~ | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 一度つけているから行き先、つまり彼女の帰るところは知っている。見失うことは絶対になかった。それこそ大丈夫かというぐらいには距離は開け、ジェシンは彼女をつけた。女人としては上背のあるその姿は、姿勢がいいのも相まって、確かに奥様と呼ばれるほどには貫禄があるのだろう。だが、ほっそりした背、か細い首筋、包を胸の前で抱きしめて歩く癖、すべてがあの若い頃と変わらぬように見えた。

 

 ジェシンは彼女を何度か触る・・・これは胸を張って言えるがやましいつもりは全くなく・・・機会があった。男同士、という前提だ。走ろうとする彼女の腕を掴んだりとか、ジェシンの肩先にある小さな頭を軽くはたく、だとか、傷ついているはずの掌が哀れで消毒してやろうと酒の甕を隠しておいたところへ担いでいったりだとか、酔いつぶれたところを負ぶってやったりとか。

 あの頃、ジェシンはすでに彼女の最も大きな秘密、男を騙る女人であることを十分承知はしていたけれど、それでもふれあいは儒生同士のそれだったとはっきり言える。いや、言えねえ時もあったかも、とジェシンは一人照れた。その時その時の行動につながる感情にそれほど生臭いものは確かになかったけれど、ジェシンは彼女を胸の中に入れて守っておきたかった。できるだけ傍にいればいい、と思っていた。だから女人と知りながら、他の儒生と同室になるぐらいならと彼女と同じ中二坊で過ごし続けたし、彼女に触れることもいとわなかった。ジェシン自身は女人というものがあまり得意でなかったにも関わらずだ。

 

 それがすべての答えだったのだろうと今は知っている。ジェシンがまるで経験したかのようにつづる、人を想い焦がれる詩。妻帯もしていない、女人との噂すらない武骨な男が生み出す美しい言葉を、それに接する機会を持てた人たちは、称賛しながら首を傾げた。当たり前だ、皆知るわけがないのだ。

 

 ジェシンが成均館で出会い、その姿に魅せられてしまい、そして心を全部持っていかれるようなそんな恋を与えた女人を今も思い続けているなんて。

 

 そして追いながら、その気持ちがちっとも薄れていないことに自らが驚いているなんて。

 

 胸がはちきれそうだった。てめえ、あんな立派な屋敷で、侍女とは言え『奥様』なんて呼ばれてるんだろうが。何そんなにやせっぽちのまんまなんだよ。髪、伸びたな。娘らしくテンギを結ぶことはできたのか。男の姿を辞めてすぐにお前を見失ったからよ、俺、お前がいきなり大人の女になったみたいでさっきからおかしいんだ。胸がなんだか絞られるみたいでよ、うれしいんだか腹が立つんだか、わからねえんだよ。ああ、両方か。てめえ、本当に生意気だぜ、今になっても俺にこんな思いさせてよ。

 

 人影などほとんどない屋敷のまばらなところに入っていくころには、ジェシンはもう我慢が切れていた。探索は暗行御史で得意のはずだった。あの時は、目の前で繰り広げられる不正に腹は立てたが、仕事だという枷がジェシンの頭をどこか冷えさせていて、冷静に事を進められた。理性が行動の順序を組み立てていた。けれど、10年の時を超えて見つけた彼女の姿に、理性は役に立たなかった。

 

 ジェシンは足を速めた。たちまちその背に近づけた。最後はほとんど走っていた。そして彼女が背後の気配に気づいたときには、もうその長い足が三歩ほど動いて、伸びた手が彼女の二の腕をしっかりと捕まえていた。

 

 は、と鋭く振り返る彼女。きつい視線がジェシンに突き刺さる。そうだ、こんな奴だった。ちびのやせっぽちのくせに、絡んでくる儒生と対等に取っ組み合いをしやがったやつだ。白いきれいな頬に青あざがあったのを見つけたときは、相手を伸してやろうと腹を立てたが、相手の方がひどく殴られていた。笑った、あの時は。いや、此奴は怖かったんだろうけどよ、必死だったろうけどよ、でも愉快痛快だったぜ、あいつも知ったら落ち込むだろうな、女に腕っぷしで負けたんだからよ。

 

 「・・・よう、珍しいところで会うじゃねえか・・・。」

 

 きつくにらみつけてきた目が真ん丸になるのを、ジェシンは楽しんだ。

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村