㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
貸本屋は都の市の中ならいくつかある。店によって取り扱うものは微妙に偏りがあり、ジェシンはやはり詩集の取り扱いが多い店が懇意だ。チョルスが言った場所にある貸本屋は、どちらかと言えば若い娘が好む物語集を扱うことが多いはず。ジェシンものぞいたことがあるが、絵がふんだんに入った薄っぺらい本が並んでいるのを一瞥して、それ以降立ち寄ったこともない。
昔のシク、いや、キム・ユニの好む本とも違うが・・・。
読み物の好みが変わったのか、とも思うが、頑固なまでに儒学に興味を持っていた後輩だった。読みも深く鋭く、正直大科三位で通った秀才の一人であるジェシンですら、その学問への傾倒に敵わないと思ったほど。ううん、とうなるジェシンに、チョルスは調べを続けるかと聞いてきた。
本家の方も調べとけ、できればもう少し屋敷の内情を知りたい、と言うと、心得ましたといい返事は来たのだが、ついでににょっと両手がてのひらを天に向けて突き出てきた。頭はしっかりと下がっているが。
「・・・わかってる・・・。」
ジェシンは机の上に放り上げてあった巾着袋を掴むと、ひょいひょいと小さく投げて中身の重さを確かめ、そのままチョルスの天に向いた掌に載せてやった。
「さすが若旦那様!探索が何かを心得ていらっしゃる!」
「うるせえ、全部使っていいから結果出しやがれ!」
「承りました~!で、いかほどいただけたんでしょうか?」
「知らねえ。」
財布の中身など毎回確認していない。だが、それほどみすぼらしい内容でもないはずなので、し、し、と手を振ってチョルスを追い払った。確かに人を懐柔するのにはいくばくか握らせた方がいい時もあるし、一日外にいるとなれば、腹もすくだろう。これはジェシンが出さねばならない金だった。
チョルスがいなくなった部屋でゴロンと寝転がり、天井を見上げた。頭の下で手を組んで目をつぶると蘇るあの日々。
サヨンサヨン!も~起きてよ~お腹減ったよ~!
サヨンまたお昼寝?風邪ひくよ?
サヨン前にこの講義とったことあるって言ったでしょ?難しいの、
いい文献教えて?!
ああうるさい、とつぶやいた口元はかすかに笑んでいる。ジェシンのことを『サヨン』と呼ぶのはたった一人だけだった。そして彼女が『サヨン』と呼んだら、その意味が須らく『先輩』を意味するにも関わらず、指しているのはジェシンのことだと皆自然に受け入れていた。子犬のようにジェシンの周りで元気に走り回っていた成均館のキム・ユンシク、テムル。彼女が女人だと知ったときにはもうジェシンにとっては中二坊にいるのが当たり前の可愛い後輩になってしまっていて、それも含めて一緒にいれば、その生き方の危なっかしさ、懸命さ、そして毎日毎日脱皮するように美しくなるその若い健やかな美と、辛い境遇に関わらず明朗な性質にのめりこむ自分を見つけた。
こいつには俺が付いていなきゃ、そう思わせる人。
さてと、とごろりと寝がえりを打ち、腕枕をして考える。貸本屋にもよるが、本の貸し出し期限は大体七日から十日ぐらいだ。薬種屋に行く用事、というよりおそらく、本の貸し借りの際についでに薬種屋に寄っている、というところだろう、とジェシンはチョルスの話を聞きながら踏んでいた。うん、まあ、とりあえず。
ジェシンはじっとしているのが苦手だ。気になることは自分の目で確かめる。そういう主義だ。チョルスにもう一度話をさせ、正確な日にち、外出した時間を聞き出して、ジェシンはちょうど十日後に当たる日、街にいた。朝議さえなければ、ジェシンほどの位になるとそこそこ勝手に自分で時間が調整できる。書類がたまってさえいなければだが。たまっていても今日はやらないが。
そして茶店に座って酒をなめながらぼうっと視線を飛ばしていた貸本屋の店先。
ユニが現れ、入店し、少したってからまた胸元に包を抱えて出てきたのを確かめると、ジェシンはゆらりと立ち上がり、
「金はここに置くぞ。」
と女将に声をかけて、ゆっくりと茶店から足を踏み出した。