翌日もジェシンは同じ時刻から同じ場所にいた。その日は右手に木剣代わりの薪を持っていた。
別邸に帰り着いたジェシンは、母に挨拶をするとすぐに庭に駆け出て、薪を置いてある裏手に走って行った。下人は早速手頃な長さ太さの薪を何本も積み上げている中から出し、地面に並べていた。
「とげがありますよう!気をつけて、これを手に巻いて!」
早速持った感触を確かめようとするジェシンを慌てて制して、下人はジェシンの手に手拭いを巻いた。片手分しかないから、巻いた右手だけでしか触ってはいけないと五月蠅く注意してくる。
薪は輪切りの丸太を鉈で割っていって作るものだ。もちろん木の枝など元から細いものもあるが。丁寧に切るのではなく割るだけだから、あちこちに裂け目があって、不用意に掴むと其れが刺さる。下人にすれば大事な坊っちゃんにそんな怪我をさせるわけにはいかないから、注意をするのは当たり前の話だ。普段は薪など触ることのないジェシン。そんな事は知らないから、素直に下人に手拭いを巻かれていた。
本当は握った感触が違ってくるから素手で触りたい。けれど、それより早く木剣代わりに使えるものが欲しかった。ユニを待つ無聊を慰める為だけではなく、実際に剣の鍛錬に飢えていたのだ。屋敷ではすぐにできた弓も今はできない。道具も持ってきていないし弓場もない。馬もいないから、広々としてどこまでも走れそうな場所にいるのに遠乗りもできない。下人の言うとおりにして、早く薪を選んで、早くその薪に手入れをして貰って振り回したかった。
握りは手の大きさに合わせて削って貰うとして、ジェシンは長さと共に重さを重視した。軽ければ鍛錬にならないし、型が崩れる場合がある。重すぎると肘や肩を痛め、姿勢を悪くすることがある。自分に合う得物が大事だと剣の師匠はジェシンに教えた。だからジェシンがどんなに子供としては大柄であっても、まだ子供の筋力しかないジェシンに大剣に匹敵する木剣を絶対に持たせなかった。こっそり持とうとしたら尻を叩かれて叱られた。とても痛かった。そして何日も鍛錬して貰えなかった。だからジェシンはちゃんと師匠の言いつけを守る。
薪だからあまり長さには差がなかった。短剣を少し長くした位だろうか。太さはまちまちだったから、後で削る部分がある事を考慮して、少し重たいと思うぐらいのものを選ぶと、下人は嬉々としてその薪を受け取った。小刀を出してくると、地面に座り込んで器用に削り始める。持ち手の部分を作っているのだ。ある程度削ると手拭いでこすりジェシンに握らせる。握り具合を確かめて又削る。たちまちジェシンの手に合った太さに削り上げると、先の方も角張った部分を削って簡単に形を整えたので、ジェシンはすぐにでもその薪木剣を手に取ろうとした。
「ダメですよう!」
ジェシンの手から薪を遠ざける下人に、ジェシンはふくれっ面を向けた。ずっとしゃがんで下人の作業を見ていて、今か今かと待っていたのだ。焦れていた。けれど下人はジェシンのふくれっ面には負けなかった。
周りを見渡し、土の乾いた場所を探してそこへ駆けていく下人を追いかけると、砂を掴んで持ち手の部分を砂まみれにしながらこする姿を見つけ、ジェシンは下人が気が狂ったかと驚いていると、笑いながら教えてくれる。
屋敷なら、磨くものがあるからなめした皮などで作ったやすりを使えるのだが、今はない。一応丁寧に削ったし触ってとげがないかは確認したが、やはり念には念を入れておきたい。大事な坊っちゃんの手だから。鍛錬で豆ができるのは構わないが、それ以外でお怪我はして欲しくないし、ソンな怪我をしたら鍛錬を休まなければならない。其れは厭でしょう?だからやすり代わりに砂でこすっておきます。ちゃんと拭き清めますから。
そんな事を言われて、我が儘など言えない。
それでも下人は夕餉までに仕上げてくれたのだ。途中水汲みやら薪運びやらを下女に頼まれながら。砂で薪をこすり上げて、不格好ながらも滑らかな手触りに仕上げてくれた。
昼餉を食べたばかりの腹を、しばらく川の畔の石に座って休ませてから、ジェシンは立ち上がった。利き腕の右手で薪木剣を掴み軽く振ってみる。うん、具合がいい。
集落のある方を見ても人影はない。ユニはまだ来ない。今日はも外に出して貰えない日なのだろうか。
よし、と気合いを入れ直して、ジェシンは薪木剣で素振りをして時間を潰した。