㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
美容院に着いたとたん車から飛び降りてお嬢様を迎えにいった。止める暇もなかった。甘ったるい笑顔でお嬢様の腰を抱いて出てきたときは思わずお嬢様に謝りそうになったよ、止められなくて済みませんって。それぐらいお嬢様はびっくりした顔のまま出てきたんだ。知らないひとが見たらただの人攫いだ。このお二人のおつきあいが公然のものだから通報されないだけだ。本当にお気の毒だお嬢様が、この後予定もあったかも知れないのに。
この二人を乗せた車は居心地が悪い。多分お嬢様も居心地が悪い。だってお嬢様は常識のある人っぽいからな。恥ずかしいという感覚を持ってるんだ。人がいる空間でベタベタしすぎるこの男が悪い。仲がいいのはいいことだぜ、でもさ、いくら高級車で空間が広いってったって、高々車だぜ、目の前の運転席助手席に人が乗ってるんだぜ、お嬢様がだめよ、って言うのが当たり前だと思うけどさ、このク・ヨンハという男はお構いなしなんだ、触りまくるんだよ。大体腰に回した手をずっと離しちゃいないんだ、それだけでも密着具合が分るだろ?今日は美容院にいきたてだからってずっと髪を触っている。撫でて指に絡ませて、時々唇を寄せて、ついでに耳元や頬にキスしてる。振り向かなくてもわかるってんだよ、ミラーだってあるし俺はこれでも警備会社で働くプロだぜ、至近距離の行動なんかなんとなく把握できるし、大体視界に少しは入るんだよ。
だから、クさんが最初に指定した行き先であるブティックがそれほど遠くなくて内心助かったと叫んでた。
お嬢様は大げさに言ったら着の身着のまま拉致されたみたいなもんだ。俺の普段の格好を思ったら小綺麗だけどな、まそこは若い女性なんだよな、俺と比べてどうするんだっていうところだけど、何が言いたいかっていうと、お嬢様は別に出かける格好じゃなかったってことだ。別にみっともないわけではなくって、いたって普通に近所に買い物に行くぐらいの格好だったって事。当然、出社していて、拘りの高級スーツを着たままのクさんとは釣り合わない。クさんはお嬢様なら何着ててもいいんだろうけどね。だが、この人は異様にこういうことには気が回る。お嬢様に恥を欠かせないことには何も惜しまない。で、最初にお嬢様のお召し替えを図ったわけだ。
正直、俺達にはまねは出来ねえ。財布の中身を気にせず女を着飾らせてやるなんて男の見栄をどれだけはらしてくれることか。俺はブティックの外で待ってるが、出てきたときのお嬢様の変身具合を見て、つい自分との格差を感じてしまう。文字通り、上から下まで全部着替えさせられたお嬢様。店の店員が外まで見送りに来て深々と頭を下げるわけだよ、あんたここでどれだけ金使った?俺みたいなファッションに素人の男が見たってお嬢様はいいものを身につけて出てきた。ワンピースも靴もバッグも。つけていなかったネックレスまで。ただし、一つ大事な事実がある。お嬢様は確かに身なりは変身して出てきたが、髪型や顔はそのまま。ああ、いい方が悪いか、つまり着替えただけで、化粧が濃くなったわけでも髪がいきなりくるくる巻いたわけでもなく着替える前そのままだって事。そして、それが服なんかと全く遜色ない。負けてない。
つまり、ブランドや小物の上等さやきらめきに負けないぐらい、お嬢様自身がいい女だってことだよ。
これはお嬢様専用についている警備会社の同僚(なぜか親父ばかりだ)もよく言う。お嬢様はとても素晴らしい女性だ。思いやりがあって礼儀正しい。それが付け焼き刃じゃない。クさんが惚れるだけあって凄く綺麗な人なんだが、それ以上に人柄がいい。俺はお嬢様についたことがないから話半分にしか聞いていなかった。もちろん顧客の噂話は御法度なんだが、少し人柄を知っていないと守るのにも困るときがあるから多少の情報交換はする。俺はクさんにつく事が多くなってきたから教えてくれたのだろう。
ブティックから出てきたお嬢様は、少し困った顔をしながらクさんのいいなりになっているようだった。ただ、出てきてすぐに俺を見て、軽く頭を下げてこう言ったんだ「ごめんなさいお待たせして、暑かったでしょう?」。
服を着替えたお嬢様が、凄く綺麗に見えたよ。