㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
講義が終わって片付けをしながら、ユニはいつもの癖でスマホを見た。家庭教師先からの連絡が入ってくることがあるのだ。例えば生徒が熱を出して日を変えて貰いたいとか、学校行事で帰りが遅いから時間を変更して貰いたいとか。ユニが教えているのは皆小学生なので、体調不良の連絡が急に来ることが多い。いつも家庭教師先に向かう前に連絡の有無を確認するのは癖のようになっていた。
あら、とユニは画面をタップした。ジェシンの名があったのだ。珍しい。講義の空き時間に合うときはいつも迎えに来てくれるし、大学を出るときはお互いに行き先があるので一緒に帰ることもないから、この時間にメッセージが来ることは初めてだ。明日、何か変更があるのかしら、とユニはジェシンのメッセージを開いた。
『途中まで一緒に帰ろうぜ。文学部の正面玄関で待ってる。』
帰らないの、と聞いてくる友人のユナに、もう出る、と答えて、ユニは返事を返さずに正面玄関に急ぐことにした。
ユニから返事はない。講義が始まる時間ぎりぎりに送ったのだ。既読もつかなかった。当たり前だ。予測はしていたから、ジェシンは講義が終わったとたんに講義室を飛び出して文学部へと向かった。相変わらず10分早く終わってくれる講義のおかげで少し余裕はあったが、何しろ大学というのは一つ一つの建物が大きい上に離れている。10分はかかりはしないが、数分はロスをする。大股で歩きながらスマホを見ると、ようやく既読がついてジェシンは安心した。
階段の側で聞こえてきたユニの名。それはあのナンパ男二人の会話の中からだった。
コロの女だっていうあの子、キム・ユニっていうらしいけどよ、可愛かったよな。ああいうおぼこいのが面白いんだよ、こっちのいうこと何でも聞くっていうの?素直そうで楽じゃん。連れ回しても可愛いから自慢だし。どうせコロが無理矢理つき合わせてるんだよ、あいつ強面だから怖かったんじゃないの?優しくしてやったらこっちになびくぜ、コロの鼻もあかせるしなあ。文学部だろ?学部の近くで待ってみようぜ、コロが一緒じゃないときだってあるだろ?
ジェシンはその二人とは知り合いではあるが友人でも何もない。地方議員の子息である二人は、態度も大きく偉そうで、それでいてびっくりするぐらい頭が悪かった。よく成均館大に入れたな、と思うほどだ。入る前は勉強したのだろうが、入ってからはギリギリOKの勉強しかしていないのが丸わかりだ。卒業すれば親の地盤を継げばいい、そんな特権意識が丸出しで、ジェシンは好きにはなれなかった。それに、女性関係の評判も悪かった。恋人ができても平気で合コンに行き、好みの女子がいればすぐに声をかける。そういうとヨンハの様だが、ヨンハの女遊びとは徹底的に違う。ヨンハは約束は与えない、最初から遊びと割り切ってつき合ってくれと相手に告げる。けれどこの二人は簡単に好きだ愛してる俺と結婚すれば政治家の家に嫁ぐことになる名誉だいい生活ができるぜと、それを口説き文句に使うのだ。騙される方も騙される方だとジェシンは思うが、引っかかる女の子は何人もいた。
そんな奴らと話をさせることすら厭だと思う。ユニを穢すな、と思う。奴らの目の付け所は悪くない。言っていることは正しい。ユニはおぼこいし素直だ。だからこそ、ゆっくりとジェシンが教えてやりたいことが沢山ある。あんな奴らとの付き合いが男女の交際だとは思わせたくない。幸せに、満たされた恋を教えてやりたい。それが自分でありたい。
あの、図書館で見た美しい聡明さに満ちた姿そのままで、大人の女にしてやりたいのだ。
文学部の玄関から学生が三々五々吐き出され始めていた。メッセージが届いたという振動は手の中からは伝わっては来ない。既読はついた。もしすれ違いになったのなら、逆に連絡が来るはずだ。そう思いスマホを後ろポケットに突っ込み、玄関から少し離れたところに立ち止まって見ていると、数分後に少し慌てたように現れたユニの姿。
ジェシンを見つけて駆け寄ってくるユニは、まるで恋人の様なのに、違うのだ。間違うな、慌てるな、そう思いながら、ジェシンは軽く手を上げてユニに応えた。