㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
幸い、ユニが口の中で呟いたお父さん云々は聞こえなかったらしく、ジェシンは不思議そうに目をすがめてこちらを見ただけだった。ユニは慌てて再度お礼を言おうとして、ジェシンの名を言いかけた。けれど、一方的に噂で知っている名だ。どうして知っていると聞かれても困るので、開いた口の後始末のために出たのは自己紹介だった。
「・・・二回生のキム・ユニです・・・文学部の国文学科です。」
ユニの突然の自己紹介に、煙草を手に持ったままきょとんとしたジェシンは、オウム返しのように口を開いた。
「おお・・・俺はムン・ジェシン・・・法学部の三回生だ・・・。」
「ムン・ジェシン先輩、助けて下さってありがとうございました。」
名を入れて改めてお礼を言うと、ジェシンは居心地悪そうに身体を捩り、煙草を少し吸うと煙を吐き出した。
「・・・ジェシンでいい・・・。そんな大げさにフルネームで呼ぶ必要ねえだろ・・・。俺もお前のことユニって呼ぶからよ・・・。」
は、はい、と答えたユニに、ジェシンは目をそらしながら言葉を続けた。
「・・・それとよ・・・お前・・・さっきみたいなこと、よくあるのか?」
「さっきみたいなこと・・・ですか?」
「・・・男にナンパされることだ。」
ユニははた、と考えた。ナンパって、一緒に遊ぼう、とか言って知らないひとが声をかけてくる事よね。それで、ときどき強引な人がいて、さっきみたいな怖いことがあるのよね。うん。大学に入るときに、アジュマ達に気をつけなさいって言われたから気をつけてきたけど、別にそんなこと、しょっちゅうなかったし。
「しょっちゅうなかったって・・・あるんだな?」
ユニの考え事は、どうも声になって出ていたらしく、ジェシンが前で眉を顰めていた。
「・・・怖いのはなかったですし・・・。それに、大学の中では今が初めてです。」
「合コンとか飲み会に誘われることぐらいあっただろうよ?」
「えっと、私はバイトがあるのでいつも断るから、最近は誘われないです。」
誘われてるじゃねえかよ、とジェシンはブツブツ言っている。でも怖いことは本当になかったし、合コンに誘ってくるのは女の子の友達だし、飲み会だって、同じゼミの男の子とか語学が一緒の人とか、一応知り合いだからナンパじゃないと思うんだけど。
「・・・無防備すぎる、危ねえ奴。」
首を傾げているユニを見て、ジェシンは空を仰いだ。本当に女子学生かよ、と自分の周りにいる女子を思い浮かべる。そしてユニを見て、こっちが特殊なんだ、と自分自身に納得させた。
なんとなく厭な予感がしていたのだ。ジェシンは自分のそういう感覚を割と信じている。信じて、面倒がらずにふらりと現れた振りをしてユニを助けることができて、心の底から安心した。そして、今の会話で確信した。
この女、自分の価値を全然分ってねえ!
正直、ユニがナンパという男のやり口に引っかかってないか心配する振りをして、いや、心配は本当にしているのだが、実はジェシン自身がそのナンパ男達と同じ穴の狢だと言うことは、己が重々承知している。助けて、その好印象を利用して、どうやってまた会えるようにしようかと画策している性根を、ジェシンはユニ本人の前で必死に隠している。そんな自分の下心を分っているくせに、危機感のないユニに対して、苛だってもいるのだ。何ほいほい男に声かけられてやがる。そんな人畜無害な、いかにも純真です、と顔に書いてある状態で大学をウロウロしているから、さっきみたいな奴らに目を付けられるんだ、と。
そう、ジェシンはキム・ユニというこの女子学生を知っていた。名も。学部も。ユニが一回生の秋から。そして、二回生になったユニが、こうやって男の視線を集めるようになるほど垢抜けていく様を、ジェシンはずっと見てきたのだ。
図書館の奥で、薄明るい照明の下に立っていた彼女を見たときから、ジェシンはユニを見つめてきたのだ。