㊟成均館スキャンダルの登場人物による現代パラレル。
ご注意ください。
「・・・ああ言った方が話が早いと思ったんだ・・・悪ぃ。」
強面から出た言葉は、案外普通だった。というより、さっき男子学生達にすごんだ怖さは全然なくて、ユニに視線を合わせないところは気恥ずかしさを隠しているのがありありと分って可愛らしいぐらいだ。けれど、身長は目分量で180センチはあるだろうガタイのよすぎる青年。その風貌のふてぶてしさとあまりにも似合わなくて、ユニはぼけ、っとしてしまった。が、助けて貰った上に、悪いなんて言わせてしまってはいけない。ユニは恩を仇で返すような事は絶対したくないのだ。
「・・・あ・・・謝らないでください!私・・・どうやって断っていいか分らなくって困ってたんです・・・でもなかなか私の言うことなんか聞いてくれなくて・・・本当に怖かったから助かりました。」
おう、という返事が聞こえて、ユニはほっとした。お礼の気持ちが通じたのだ。そう思うと身体の力が抜けて、思わず表情も緩んだ。一生懸命ジェシンにありがたい気持ちを伝えようと乗り出していた身体の力も抜け、自然に笑顔が出た。安心もしたし、目の前の人が怖くなさそうなのも分って気が緩んだのだろう。
「・・・!」
ジェシンが唾を飲み込んだことにはユニは気づかなかった。
ユニは一人だった。大学二回生になり、一回生の時のゼミ友達とも講義や行動範囲が別れ始めた。サークルやクラブ活動に入っている者達はそちらの方に仲のよい友人ができたし、ユニはバイトが忙しく誘われる食事や遊び、合コンなどに参加することは稀だから、二人ほどを覗いて立ち話程度の仲に落ち着いていた。今日も、できるときに課題のレポートの資料を探しておこうと図書館に行き、一人で人の少ない中庭のようなところで持参した弁当を食べようとしたところに、男子学生達に話しかけられたのだ。場所を変えて食べようと、誘う男子学生に断りを入れて歩き出したのだが、逆に人気の少ない方へ追い詰められて、どうしようかと泣きそうになっていたところだった。自分より大きな身体の学生二人には、ちょっとばかり気の強い自負のあるユニでも対抗できそうにない。悔しくて怖くて、身体が縮こまってしまったところに入った助けが、1回上のジェシンだった。
「・・・たまたま煙草を吸おうと思って通りかかっただけだ。気にすんな・・・っていうか、こんな人のいないところで一人になるなよ・・・。」
そう言いながら胸ポケットから煙草の箱を出して、一本ひょいと取り出すと咥えたジェシン。Gパンの後ろポケットを探り、出したのはライター。流れるような仕草で火を付けると、香ばしい煙草の香りがユニの鼻腔にも漂ってきた。
「・・・図書館に用事があって・・・。」
「図書館には人がいるだろうが。真っ直ぐ学食にでも学部の校舎にでも行けば誰かいるだろう。学内は無駄に広いから、案外不用心なんだ。なるべく一人になるんじゃねえ。さっきの奴らみたいなレベルの低い女誑しがいるからな。」
煙を気にしたのか、ジェシンは数歩ユニから離れた。口から煙草を離し、紫煙をふう、と吐き出す。その姿があまりにも大人に見えるのに、なにか懐かしさをユニに見せているようで、ユニは目が離せない。
どうしてだろう、とユニは考えた。自分は煙草はすわない。周りにもいない。というか、友人知り合いは女性ばかりだ。高校は女子校だったし、大学に入ってできた友人も女子ばかりだった。ゼミに男子学生はいたし、挨拶や世間話ぐらいはするが、友人になるほどではなかった。バイトが理由で付き合いの悪いせいだとはユニも分っている。それに、周囲に何人かいる、恋愛に夢を見ている女子学生とは少しばかり感覚のずれを感じているユニにとって、男子学生との距離は、遠くても別に問題はなかったのだ。
あ、とユニは思いついた。というより、懐かしさの理由に思い至った。
だって、煙草はユニにとって身近にあったものだったから。
「・・・お父さんの煙草と同じ香り・・・。」
ユニを見たジェシンの手には、煙の細い筋が上がる煙草が一本。
ユニは思わず自分の口元を両手で覆った。