
9月の初め。
1~3日に合宿があった。
3日間代表として、
この合宿に運営として関わる最後の機会だった。
思えばこのイベントには
最初から運営としてしかかわったことがなかった。
参加者の視点を持ったことがないというのは重大な欠陥である。
ともかく手話サークルとしての合宿で
社会人・学生が集まったこの合宿は山奥で行われたのであった。
4回生は非常に少ない。
そして、社会人も少ない。
もっというと経験者も少ないという
異例の年であったように思う。
近年に見られる傾向として、
サークル内である程度会話が出来れるようになれば
手話の習熟としては満足だという学生が増えていることの証明か。
代表として準備段階から色々と取り組んできた。
進行や広報の仕方に工夫を入れてみた。
PPTにも独自の演出を入れてみた。
なんだか、施設側との不備は沢山起きてしまったのだが
それはそれで仕方ない部分もある。
去年どの学祭と同じだ。
我々受ける側としては常にマイナススタートで物事は始まる。
楽しいことは書かず。
自分の中のわだかまりや、
嫌なことを書くのがこのブログである。
よって、ここではそんな楽しかった思い出や
スタッフへの感謝などは書きはしまい。
この合宿で印象に残ったことといえば以下の2つ
○写真撮影
○声出し
最近の流行りとして自分の楽しい瞬間を撮影して
SNSにアップすることがある
それに関連してか、参加者内の撮影が非常に多かった。
そしてそれを共有するためのライングループが後に作られた。
さてここまでは構わないのだが。のだが。
僕の団体では時折写真に関する問題が起きていた。
それはこの団体の写真を不参加者に渡して、
それをネタに連絡先を交換する輩の存在である。
なぜそんなことをするのか、全く不明だが、
とりあえずそれが実際に行われたいた。
一眼レフカメラの持ち込みを禁止した。
しかし、今年度、カメラのシャッター音が各地で鳴っていた。
異常なほどだったといえる……、時代か?
3年間でここまでは初めてだった。
肖像権を訴えたり、写真に撮られることを嫌がる人達がふえている一方で、
写真を撮ってインターネットに載せてインスタ映えするよ、などと積極的な人も増えている。この中の風潮がこのように2分されているというのは実は珍しいことなのではないだろうか。特に若者の間では……。
しかし、一旦始まったものに対しては
どうやったとしても静止出来ないのだった……。
それよりも僕が一番心を揺らされたのは
「声を出す」という行為を続ける参加者が居たことである。
音の情報の差を減らす為云々……と声無しの理由を説明して
それを了承して参加しているというのに
なぜ3日間を通して声を出していたのかというところに
憤りを感じてならない。
声なしの環境でコミュニケーション。
そういう主旨ではあるが、
それも手話サークルという領分で行っている。
よって、出来る限り文字に頼ってほしくはないのだ。
筆談に頼り、声に頼ろうとするあの参加者に
僕は本気で憤っていた。
今度のイベントに申し込んでいるが、
正直歓迎したくはない。
多少の傷みはありながらも僕の夏合宿運営は終わった。
もう二度と、夏合宿を運営することはない。
元スタッフ、それも、同期にして尊敬する彼女が参加してくれて
それは本当に嬉しいことだった。
力を出し切れたのか?
そう言われてしまえば、100%出せたわけではないと思う。
全く、僕はもっと、頑張れるはずなのだ。
もっと頑張れる。もっと頑張れ。