医師から処方された薬は、3日間の抗生物質を飲むと1週間効果が持続されるらしいが、微熱と気だるさは続く。

病は気からとの諺があるように、気のせいだと考えていつも通りに生活をしようとしても、体は素直な反応である。

いつだって、体は正直に反応する。

自分の心の中では、限界に達するまでは病院には行かないでおきたい。

次、行ったら人生が終わるかも知れないし。

前回もらった血液データをみても、CRPや白血球は異常値に変わり無かった。

他の数値も許容範囲ギリギリ。この基準値は病院ごとで異なるが、自分の施設では学会などの見解から2年毎に基準値を見直している。
それに当てはめても、やはりオーバー。

疑わしい炎症は、どこで起きているのか。なんの癌なのか、白血病なのか、本当にCOPDなのか。

体調が悪い時は、早く体を休ませる。

早く、元気な体に戻って欲しい。
悪性腫瘍マーカーの数値は出ているが、今すぐどうこうは無いようなので、安心したけれどカルテにCOPDとしっかり書かれていた。

診察前に看護師が血圧や問診をとってくれた時に、前回受診した日付の横にCOPDとはっきり書かれていたのを見た。

その後の診察時は、医師がカルテを隠すように記載していたから、本人に気づかれないようにしたのだろうけれど。

思い返せば、初診の時、肺が膨張しており、タバコを吸っていたのかい?と医師に聞かれていた。

タバコは吸ったらダメだよと両親から言われ育ったから、まともに吸ったことなんて無いし、タバコの煙は嫌いだから…。

医師は肺のCTやMRIを撮りたがっていたし。


喫煙者に多いCOPD
肺が壊れていく病気COPD
治せないCOPD

呼吸器内科だけにそんなフレーズのポスターを目にして、10月末から続く異常な咳と息切れの原因がそれだったら…。

ま、仕方がない。


今後、癌が増えるのが先か肺が壊れていくのが先か。

寿命を考えるよいきっかけになったし、子供達との接し方、過ごせる日々に感謝の気持ちをもてるようになったし、色々勉強になったのは間違えない。
自分には子供が二人います。
4歳になる娘と2歳の男の子。

自分のわがままで出張のある部署で仕事をしています。
なかなか子供達と過ごす時間が無かった。

娘が小学生になるころには、娘の帰宅時間に合わせて共働きのうちらが、家で迎えてあげたいと思うし、中学生になれば家から離れた学校までの登下校中になにか犯罪に巻き込まれないよう、やはり、家にいたいし、出張生活は続けられないんだなと思いつつ、転職も考えていたのも事実。

大型の健診バス(最近はトラックベースが多いが)を運転するにも、やはり注意力や判断力が必要であり、若いときしか運転はできないだろうと免許を取った時から思っていた。

38歳となり、視力も体力も落ちてきた。

違った意味でも引退時期かもしれない。

もしも、自分が死んだら、子供の成長を一緒に過ごせないなんて、考えたくも無かった。

まだまだ、自分はやることがあるのに、現実とも夢とも理想とも直視できない、考えられない。

自分が出張中のとき、子供達は一度もパパは?とか寂しいとか言わないらしい。

割りきっているの。

あんなに小さな幼い子供達なのに。

帰ってきたら、すごく喜ぶ。

時に娘はパパッ子だから。


出張前の別れの時、娘は最近泣く。

一緒に過ごせる時間がなかったもんね。

一緒に遊びに連れていってとの言葉は、いつも頭から離れられないんだ。

パパだって、子供達が大好きなんだよ。

パパの生き甲斐だからね。

パパの原動力なんだ。

早く体調がよくなり、もとの生活に戻れるよう頑張る。

たとえ、生きることが無理だったとしても、パパは見守っているからね。


帯広市
ホテル十勝インのロビーにて
職場では、若手として入社した頃は、周りは年上ばかりだから、有資格者の人のステータスや仕事の内容に差がでても、ほとんど気にせずに生きてきた。

あの人は医師。40代前半か~とか、若い弁護士が広告に載っていたりと、それは自分との年が離れていたから。

しかし、自分がいざその年齢に近づき、難関の資格取得にむけた勉強をしても、到底近づける頭が備わっていないので、非常に劣等感と焦りを感じてくる。

40歳になれば職場で、役職候補になる人と一般のままの人と分かれてくる。
そもそも、その決める基準が現行上司のお気に入り人材であれば、高く評価され、まともな意見を言ったり反発する人は、能力があっても淘汰される人事を公正とは評価できないが。

自分は今の会社で役職者になりたいとは思わないし、そんな仕事をこれからの人生でやりたい訳ではないから、関係がないのだが、今の職務を安定した仕事だと勘違いし、問題意識を持たずにぬるま湯に浸かり、日々を過ごす社員にはなりたくはない。

会社の常識、社会の非常識という言葉や、前職の役職名を次の職場でも誇らしげに話す感覚の人間にはなりたくはない。

自分が生きている(過ごしている)のは社会である。競争化社会でグローバルな洞察力を持つ人材が、資源として活用される社会なのだ。

医師や弁護士と比較しても、追い付けないだろう。ましてや、勉強をまともにしてこなかった頭脳だから。
劣等感に悩まされても、彼らには自分のこれはできないだろうという能力(センス)は存在するから、そこは自慢できるが、自分が目指す目盛はそこではない。

具体的目標を掲げ、デミングサイクルをスパイラルアップし続けられるよう、ここのblogで書き留めることで、モチベーション管理をはかりたい。
心の叫びをblogに書いていきたいと思います。

自分の気持ちを整理するため
自分の進むべき方向性を見失わないためにも
そして、自分自身に言い聞かせるために

再開します。
こないだ変わった画像を見たの。
「人生を80年だとすると、 夏は80回しかこない。そして、同じ夏はこない」

確かにそうなんだ。
これを仕事に置き換えたら、こうなる。
「今は35歳、定年が60歳だとしたら残り25年しかない」
40代の自分、50代の自分、あっと言う間に60歳で定年。
それぞれのステージでやりたいこと、やることなど業務や責任がある。

あれ?blogに書いていなかったけど、社会保険労務士を取ろうと通信教育をやっている。

たとえ資格を取っても会社で活かせるには、何年時間があるだろうか。

独立しても、いくら稼げる体制をキープできるのか。

社労士の次には別の専門資格をとり、別の職場でも経験値を上げたい。


結論としては、「今は今しかない」のだ。
ただ毎日平凡な仕事をして、年齢とともにその会社に染まっていくだけの人生を過ごすつもりはない。

今は35歳、1年逃したら36歳からのスタート。

毎日が、貴重な時間であること胸に未来に向けた種まきをしなければ、花は咲かないのである。

家族の大切さを深く思い知り、反省した自分は家族のために何かを残してあげたいと考えるようになり、家を買うことにしました。

今日は、建前式です。

残りの人生をかけた多額のローンがあると、もう変な誘惑に流されてはいけないとの決心がありますし、これから先、妻や長女との幸せな時間を見守りたいと思います。

まずは、報告まで。