縁ある君に。(堺市つながり) | たかっさんのブログ 『縁ある君に』

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ここで会ったのも何かの縁、お気軽に。

質問が。なんで、中谷彰宏先生しってんねん?と。

お答えします。ちょっと長くなりますが。


2002年のアメリカで冬季オリンピックあった頃。

僕は、ある事件に巻き込まれた時、やむなく退職。

※ある事件:牛肉偽装事件。黒幕が私が属していた

 プロジェクトのヘッド。当時、マスコミ等で話題に。


2002年から2004年くらいまで、和泉市の某警備会社で

バイトしながら食いつないでいました。

堺市のハローワークに通いながら。堺駅前の。


その頃に、出会ったのが『面接の達人』という本。

光明池駅前の天牛(本屋)の古本のコーナーにて発見。

早速、熟読。そして実践しようと。

千葉県のイオンの面接試験が来週というとき。

光明池は、大阪の人は、自動車免許試験場が

あるから知ってると思うけど。


パリン。皿の割れる音が、膝のお皿。

やってもうた。


栂・美木多(とがみきた)駅前の餃子の王将に

昼ごはん食べようと、近くのパチンコ屋さんの駐車場に

車を止め、出口の坂道でこけてしもた。


膝のお皿が割れるときは、ほんと皿が割れるのに似ている。


格闘技をやってる人はわかると思うけど、

負傷はつきもので、僕は右ひざと腰を。

何時も、腰痛ベルトを。

黒田官兵衛は左足を負傷。僕は、右足を負傷。

名誉の負傷というか。。。絶体絶命。


入院。近くの近大堺病院(旧泉北病院)へ。

必死で直したけど、来週の面接まで間にあえへん。

あかん。


おまけに、3週間後には、結婚式が。

式の打ち合わせは、嫁さんが。

だから今も嫁さんには頭が上がりませんねん。


病院の先生に。結婚式まで退院させてやと。

手術は成功。必死のパッチでリハビリを。


無職。嫁さんのお腹にはマーが。

就職の手段なく。ほんま、『絶体絶命』


なんとか、結婚式に間に合ったものの。

杖をついたままで、式場入り。

担当者から、『杖をついたお客様は初めてです』と。

そうやろなあ。(苦笑)


バージンロードは、さすがに杖をつきながら

行くことはできず、嫁さんにひっぱられながら。

膝の痛みも、増して。式どころではなかったなあ。


挙式後、ホテルの1階にある『なだ万』で食事。

その時、『骨せんべい』をよく食べましたわ。

はやく、皿なおさんとあかんし。カルシウムを。


退院し、実家のある光明池へ。

こんな状態では、嫁さんと暮らせへんわと。

別々の住まいで。

その頃、昔買った、『面接の達人』を読んでました。


それから運命が変わりましたわ。

10月にマーが生まれ、運気が上昇。

まさか再び東証一部上場企業に就職できるとは、

思ってませんでしたわ。

当時は、就職氷河期。失われた10年といわれた時期。


その縁で、中谷先生のホームページを拝見。

先生が塾を主宰しているということで、早速受講。

中谷塾だけでなく、NHKのセミナーも。


おかげさまで、先生から『たかっさん』と呼んでいだだいて。

『本名忘れてしまったわ』と、先生が(笑)


今度、うちの会社で、先生に講演してもらいたいなあって。

うちの会社の古い風土をガラッとか変えてほしいと。

創業130年。『化石みたいなおっさん』たくさんいるし。


実は、中谷先生も堺市出身。三国ヶ丘高校。頭ええなあ。

僕は、堺市百舌鳥で育ち。泉北高校出身。泉北温泉で有名。(笑)

あの吉本興業の社長さんも泉北高校出身ですねん。

お笑いのセンスは、伝統かなあ(笑)


堺では、高校のことをこう呼んでいますねん。

三国地獄、泉陽牧場、鳳監獄、泉北温泉と(笑)


ということで、堺にも縁が。

中谷先生の秘書の浅野さんも、三国ヶ丘高校出身で、

僕と同じYMCAの塾の先輩。

あと、サワこと沢口靖子、ラブリンこと片岡愛之助さん、

そして『利休をたずねよ』の海老蔵さんも、

(海老蔵さんは一時プロレスやってたなあ)

みんな堺と縁があるし。

黒田官兵衛さんのいた、戦国時代から、

堺には何かひきつけるものがあるんやと。


その縁で? 現在僕が担当しているのは、労務関係。

障がい者雇用等を。

以前お世話になったハローワークさんと、

今も情報交換をしています。

弟も、『手帳』もってますんで、当事者意識を持って。

弟がお世話になった、光明池にある訓練所に行って、

ヒアリングも。


昔は、雇用してもらう側。今は、雇用する側。

立場は変わったとはいえ、どっちも、全力で。


そして、『産休・育休ガイドブック』を作成し、全社に配信を。

ダイバーシティ(多様化)展開のため。

少しでもみんなの役に立てたらと気合を入れて。

保育士の嫁さんのアドバイスを受けながら。

『ここちゃうで』と嫁さん。厳しいなあ。(笑)


僕の人生ってマンガみたいやけど、

『事実は小説より奇なり』で、

必死のパッチでしたわ。

毎年が、正念場。

そやけど・・・


ほんまいろんな人の支えがあってやってこれたんやなあって。

感謝。


ワクワク、ドキドキが続きます。