川上未映子 × マームとジプシー みえるわ | (本好きな)かめのあゆみ

(本好きな)かめのあゆみ

かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

2月28日水曜日の夜

川上未映子 × マームとジプシー みえるわ

を観に(あるいは聴きに)

味園ユニバース

に行った。

 

初めて味園ユニバースの内部に入る絶好の機会。

 

川上未映子さんの詩集

先端で、さすわ さされるわ そらええわ

水瓶

のテキストを

藤田貴大さんの演出で

青柳いづみさんが演じるというもの。

 

どんなことになるかと1月からずっと期待に胸を膨らませて

この日を待っていた。

 

受付から入場までの流れが

いかにも手づくりっぽくて

洗練された商業演劇と違うところが

ひさしぶりであった。

 

手づくりっぽいことに伴ってもちろん

この列で合ってるのかな?

とか

ちゃんと順番に入れるのかな?

という無秩序感というか混沌感というか

そういう不安感はあったのだが

それも含めてのこういう舞台の経験。

 

舞台に入るまでの手続きが

味園ユニバース周辺の雑然さとマッチして

スムースにいかないところがいい。

 

入場待ちの人ごみのなかを

車がぐいぐいと進んで行ったりなんかして。

 

そんな経験を経たのちにようやく観客席への入場が始まる。

 

ああこのミラーボールみたことある。

 

ソファ席だったら嫌だな

知らない人と同じソファに並んで芝居なんてみられないよ

でも隣に美女が座ってなにかの弾みで会話が始まって

意気投合してそのまま飲みに行くなんてこともあったりして

なんて妄想を膨らませていたがそんなことはなくて

舞台の前に椅子が整然と並べられていた。

 

54番という比較的早い段階での入場で

席は選び放題。

 

前から5~6列は丸椅子が並んでいて

その後ろには折り畳み式のパイプ椅子が並んでいる。

 

最前列はちょっと気恥ずかしいし

こういうおしゃれな舞台なら最前列は見栄えのいい華やかな若いひとたちの方が演じる方も気分が乗るのではないか

などと余計な気をつかった結果

パイプ椅子の最前列

舞台に向かって左端の席に座ることにした。

 

ワンドリンク制になっているので

コートや鞄をそのパイプ椅子の上に置いて

会場のなかのドリンクコーナーというかバーカウンターに向かう。

 

こういう場面では何を頼むべきかと思案する。

 

ドリンクのチケットは600円だから

それなりにアルコールを飲みたい気もするが

酔っぱらって舞台への集中力をそがれても

それはそれで本末転倒だし

ということでソフトドリンクを注文することにした。

 

カウンターのなかのスタッフは若い女性だったのだが

そのひとに

ソフトドリンクって何があるんですか?

とたずねると

面倒くさそうにというかこれを読めよというようにというか

すぐそばにあるソフトドリンクのメニューのボードを指し示した。

 

まあたしかにこれだけ大きく表示していたら

読めよと言われても仕方がないし

実際のところそのボードのソフトドリンクという文字を読んだうえで

このスタッフにたずねていたのだから

もういちだん注意深く観察していたら当然気づくはずだった。

 

スタッフとのそのやりとりで自分の無能を知らしめられ

うちのめされたぼくは

思考も覚束なくなりメニューを満足にみることもできないまま

じゃあウーロン茶を…

と弱弱しく告げたのだった。

 

その若い女性はプラスチックのカップに氷とウーロン茶を注ぎ入れ

ぼくに手渡した。

 

ウーロン茶を受け取ったぼくは

そのときはじめてカウンターに並べられている

ソフトドリンクのボトル群に気づいたのだが

そこにオレンジジュースがあったので

ああオレンジジュースの方が良かったかも

と後悔の念がよぎりかけたが

まあどっちも同じようなものだしな

とすぐに自分を納得させたのだった。

 

さてこのプラスチックのカップに注がれたウーロン茶。

 

おそらくぎゅうぎゅう詰めになるであろう観客席に持って戻ると

ひっくり返ったりしてわちゃわちゃになることがおおいに予想される。

 

経験豊富でおとななぼくはここで意を決する。

 

飲み干してから自席に戻ろう。

 

そういうわけで味園ユニバースのバーカウンターの前で

ごくごくごくとウーロン茶を一息に飲み干す。

 

飲み干したあと思う。

 

途中でトイレに行きたくなったらどうしよう。

 

ああもう。

 

舞台が始まるまでにもうくたくたになりそうだ。

 

あまりの疲弊に思考することを放棄したぼくは

トイレはきっと大丈夫

と判断力の欠けた状態で判断し

プラスチックカップと氷を分別してしかるべき場所に投入した後

自席に戻った。

 

折り畳み式のパイプ椅子のうえに

ちょこなんと小さくおとなしく行儀よく他の客の移動の妨げにならないように座りながら

座席が埋まるのを待っていた。

 

待っていると

ぼくの左前方

ここは観客席とは区切られたスペースなのだが

そこに置かれたソファーに

目に鮮やかなオレンジのジャケットを颯爽と羽織った

川上未映子さんがやってきて座った。

 

おお。

 

なんと。

 

2メートル以内の至近に川上未映子さんが。

 

ラッキー。

 

そんなことを思いながら誰もまだいない舞台を観てるふりをして

川上未映子さんをちらみしながら舞台が始まるのを待った。

 

座席が埋まると

こういう舞台にありがちなように

見えるのはもう前に座ったひとの頭と背中だけになった。

 

これじゃあ

みえるわ

じゃなくて

みえへんわ

だな

なんて。

 

もう青柳いづみさんの演じている姿がみえないであろうことは

この時点で覚悟した。

 

まあ声だけ聴けたらそれでよしとしておこう。

 

しかもぼくからは

川上未映子さんはみえるのだから

それはそれでついている。

 

そういう意味では

みえるわ

で問題ない。

 

いよいよ舞台が始まる。

 

いきなり飛び込んできたのはアニメ声。

 

ええっー?

青柳いづみさんってこんな声なの?

 

いやアニメ声がどうということではない。

 

っていうかむしろぼくはアニメ声は好き。

 

でも

ぼくの想像のなかの青柳いづみさんの声は

もっとフラットで無色な感じだったのでびっくりした。

 

で最初の詩は

治療、家の名はコスモス。

 

音楽と味園ユニバース独特の照明を背景に

青柳いづみさんの身体から繰り出される

川上未映子ワード

川上未映子ワールド。

 

鳩。

 

舞台上での着替えのあとは

少女はおしっこの不安を爆破、心はあせるわ。

 

これはアニメ声からは一転して深い声。

 

ぼくはこの詩が好きなんだよね。

 

おかあさんに言われたから湯船の中でおしっこをしないのと

自分の意思でしないのとの違い。

 

これって普遍的。

 

それが少女の切実な訴えというか告白となると

それはとても鋭利。

 

まあ

この詩はそんな個別の思想をあらわしているわけではないけれども

ぼくがどこをどう好きと感じるかも許容してくれるに違いない。

 

最後は

先端で、さすわ さされるわ そらええわ。

 

まあ全体を通してファッショナブルでスタイリッシュでした。

 

批判的な意味ではなく

ぼくはもうこういったものに対しての感受性を失ってるな

と実感した。

 

こういったものは

経験の少ない若いひとたちのためのものだ

って言いたくなる。

 

ぼくも20代にみていたらきっと震えていたに違いない。

 

それか

青柳いづみさんが演じている姿がちゃんとみえてたら感想も違うのかな。

 

なにしろほとんど姿はみえず

声だけだったからな。

 

それにしても

表面的にはかなり前衛的な感じに映っていただろうから

マームとジプシーのおしゃれな印象だけにひかれてみにきたひとは

ぽっかーん

だったんじゃないかな。

 

きっとこの舞台にはなんの関心もないであろう

バーカウンターのなかの若い女性スタッフは

この作品をどう感じただろう

なんてことも考えながらぼくはみていた。

 

そうしたらなんだか笑えてきた。

 

川上未映子さんの詩をはじめて読んだときには

ぼくはなんだか胸が震えたんだけどな。

 

ぼくにとっての

先端で、さすわ さされるわ そらええわ

水瓶

やはりテキストで読むものであって

芝居で演じられるものじゃなかったのかも。

 

川上未映子さん自身も

一般的には詩を朗読することには意味がないのでは?

みたいなことを言っていた気がするんだけどな。

 

正直なところ

川上未映子さん自身が朗読しているのを頭のなかで想像して

そっちの方がぼくはいいな

なんて思ってしまった。

 

あと

大竹しのぶさんが演じたらどうなるだろう

なんてことも考えてしまった。

 

ぼくにとってのひとり芝居の代表作は

野田秀樹さん作・演出で

大竹しのぶさんが演じた

売り言葉

だったりするからな。

 

まあこれも個人の嗜好に過ぎないわけで

比較するなんて意味もないし

失礼千万でもあるのだが。

 

すみません。

 

これは自分の感受性に対する自己批判であって

マームとジプシー

藤田貴大さん

青柳いづみさん

とは無関係です。

 

そもそもテキスト作者の川上未映子さんが認めている時点で

それはもう成立しているわけなのです。

 

ぼくがいまこんなふうにほざいているのは

よくある原作ラバーのぼやきです。

 

川上未映子さんのテキストを換骨奪胎して別のものに仕上げている

っていうことでいいです。

 

川上未映子さんと藤田貴大さんのアフタートーク。

 

川上未映子さんのあいかわらずのサービス精神には

笑わせていただきました。

 

マームとジプシーが独り勝ちだよね

みたいな

みんながいいにくいような攻めたところを突いていくのも醍醐味。

 

ホイットニー・ヒューストンの国歌のくだりは

それはちょっと比喩としてはやり過ぎじゃない?

って思いましたけどね。

 

そもそもこの舞台

300人って言っていたから

味園ユニバースでの2日で

250万円くらいしか収入がないわけで

それは商業的には全然成立していないから

藤田貴大さんの個人的な実験みたいなもんなんだよね。

 

うん

まあとにかく

ひさしぶりにこういう経験ができたのはよかったです。