あの茶封筒のなかのパンフレットのような冊子が何を意味するものだったのかはとうとうわからずじまいだったが、わからないからといって自分が困るとはまったく思わなかった。
世の中にはわからないことなんて数えきれないほどあるのだ。いちいちすべてをわかろうとする必要はない。
ひとつだけ気がかりがあるとすればそれは、あの喫茶店の店主のことば、主任が渡すようにと言っていた、ということだけだ。
それにしても。
そもそもあの電話の声の主はほんとうに主任だったのだろうか? それに、主任から今日、あの喫茶店に行くように命じられていたというのはほんとうだろうか? 覚えがない。ちっとも事情が呑み込めない。
疑い始めると、何もかもが疑わしく思えてきた。しかしそれではきりがない。信じられることなんて、はなからどこにもありはしないのだ。
おおかた、ちかごろ溜まっている疲れのせいで記憶があやふやになってしまっているせいなのだろう。めったにこんなあやふやな思考になることはないのだが。
とにかく、いまは自分の明確な意思で電車に乗って次の駅に向かっているのだ。自らの自由な選択によって、あらたに定めた目的地に向かっている。
それだけでも事態をよくするのに役立っているのではないだろうか。
前に進むモノレール。運転席の後ろの座席からみえる景色。一本のレールがどこまでも続いている。
白いコンクリートのレールが、雲の隙間からわずかに差し込む光をにぶく反射している。
「ちぇっ、だれか座っているよ。楽しみにしていたのに。ついてないな」
背後で男の声がした。
「まあいいじゃないか。何度もあそこには座ったことがあるんだから」
別の男の声が言う。