忘れられた巨人 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

ぼくがカズオ・イシグロさんの作品を読むのは
“わたしを離さないで”
に続いて2作品目となる。

原題は
“The Buried Giant”

忘れられた
でもちろんいいんだけど
埋められた
っていう意味もある。

地下に眠るさまざまな記憶。

この作品は
ファンタジーの衣装を纏っている。

とはいえ
剣と魔法と竜
に魅了される物語ではない。

主人公も若者ではない。

だから
オーソドックスなファンタジー小説好きのひとが読むと
拍子抜けするかもしれない。

むしろ
小説のなかに
哲学や普遍性を求めるひとにうってつけだ。

息子に会うために旅をする老夫婦が主人公。

夫と妻のいたわりあいがユーモラスで魅力的だ。

ていねいなやりとり。

夫が妻に話しかけるときにいつも最後につける
「お姫様」
という語尾が素敵。

女性にはいつもそうやって接していたいと思わせる。

実際にことばにするのは無理だとしても
心のなかではそうしていたい。


この老夫婦をはじめ
この世界ではどういうわけか記憶があいまいで
過去のできごとがうまく思い出せなくなる。

ついさきほどのことでさえ。

老夫婦が旅の途中で出会う
勇敢な若い戦士
勇気のある少年
老いた騎士
はそれぞれに謎を秘めている。

この世界では
悪鬼や妖精
雌竜が存在する。

設定はそうなんだけど
描かれているのはやはり愛であり記憶である。

人間には忘れたいことがある。

忘れることで保たれる平和だってある。

復讐の連鎖は記憶のなせるわざなのか。

だったら忘れた方がいいのか。

老騎士の言わんとしていることもわかる。

けれどもそれは
もしかしたら問題を先送りしているだけなのかもしれない。

たしかに記憶に刻んだうえで
それでも相手の過ちを許すということ。

そしてじぶんの過ちを自覚すること。

若き戦士が物語の終盤で語る葛藤の原因が
ひとつの答えとなるに違いないと思う。

ところで
老夫婦の夫が船頭に語る
どっちが先かはともかくとして自分にも原因はある
的なことばの部分は
ぼくがちかごろつくづく思うことでもある。

奇妙な霧が物語の全編を覆い
ぼくの頭のなかは不思議な不確かさと覚束なさに惑いながら
しかしそれはどことなくここちよく
思念が物語の内と外とを行き来するのであった。





--忘れられた巨人--
カズオ・イシグロ
訳 土屋政雄