別に芥川賞を受賞したから読んだってわけじゃありませんから。
もともと又吉さんの文章が好きだったんですから。
受賞にふさわしいかどうかは正直わかりません。
まあ文学一本で頑張っているひとにしてみたら納得いかない気持ちもあるのかもしれないけど
これまで小説をあまり読んでこなかったひとがこれをきっかけに読むようになるんだとすると
長い目で見れば文学で頑張っているひとにもメリットになるんじゃないかな。
とまあ
こんなふうになにがしかの前置きを述べなければこの作品の感想を書けないのかどうかはわからないけれども
なにかと話題になっているのは知っているのでどうしても純粋な気持ちでこの作品に向かうというのは困難だった。
ほんとうは作家名を伏せて読んでみたいような気もする。
とはいえ
10代20代のひとが読む青春小説としてはなかなかの出来栄えだと思う。
なにがいいかっていうと
やっぱり芸人が芸人を描いているという点で
なにごともその道の経験者のことばや思考というものは
門外漢には珍しいのである。
ぼくとしては
経験がなくても想像の力によってリアルを越えていける作家のほうが好きなのではあるが
それでもやはり経験の力っていうのは侮れない。
それに又吉さん自身も何かで語っていたけれども
芸人のことを描きながらそれでもほかのひとにも通じるようなそんな普遍性というのも感じられる。
ぼくの好きな小説のパターンで
葛藤
というのがあるのだがそれもよく描けている。
主人公の徳永と心の師匠である神谷のやりとり。
そのやりとりを通じた徳永の成長。
いやこれははたして成長なのか。
ぼくは理想と現実のはざまの葛藤を描いている小説が好きだ。
えてして理想を追うことは自己満足のなせる業であったりする。
ぼくにいわせるとそういう理想は偽物だ。
現実を真正面から見据えてそれでもなおかつ理想を描けるか。
それが偽物の理想と本物の理想の違いだと思う。
現実から目を逸らして理想が実現することはありえない。
だからぼくは徳永は成長したのだと思う。
ところでぼくは又吉さんの出演するEテレの“オイコノミア”という番組が好きなのであるが
講師である阪大の大竹文雄先生も気づいているとおり
この“火花”のなかには“オイコノミア”で採りあげられていたテーマも随所にちりばめられていたのもちょっとおもしろかった。
服装にこだわらない理由とか。
ともあれ
大阪人だからなのかどうかはわからないが
この作品で描かれる漫才のシーンも含めて
ぼくにはよくイメージできる作品ではあった。
--火花--
又吉直樹