きみは赤ちゃん | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

川上未映子さんの実体験に基づく

妊娠から生後1年までの様子を綴ったエッセイなんだろうけど

なんだか小説じみていた。


いい意味で。


やっぱり表現力あるいは感覚の言語化力が高いので

ぐいぐい読ませる。


あまたの育児エッセイとは一線を画すと思う。


女性の身体まわりのあれこれとかも興味深かったけれども

なによりも妊娠・出産や子育てについての考え方が

とてもおもしろかった。


出生前検査や無痛分娩への葛藤や結論の導き方とかにも

正直さが出ている。


ぼくが特に考えさせられたのは

“夫婦の危機とか、冬”

“夫婦の危機とか、夏”

の項。


夫のあべちゃん(阿部和重さんのことね)は

この本で読む限りかなりヘビーに妻をサポートしており

未映子さんも冷静なときにはそれに充分な感謝の意を表しているけれども

そもそもふたりの子どもなのに

夫が赤ちゃんのためになにかやってくれると

妻が申し訳ないとかありがとうとかいう気持ちになるのはなぜだろうかと考える。


子どもについては全面的に妻がメインで夫はサブみたいな社会通念。


妻は妊娠・出産というものすごい痛みを負うのだから

それ以外のことは全部夫がやってもいいくらいなような気がしてくるときもあるらしい。


いや

あべちゃんは授乳以外はすべてこなせるというのだが。


とはいえ

たとえば自分はいま妊娠何週目かきいてみてもあべちゃんは答えられなかったりする。


次に妊娠25週目の赤ちゃんがどんな状態か知っているかときいてもやはりあべちゃんは答えられない。


あべちゃんは執筆の関係で1日中ネットを見ているのだが

妻の身体の状況についてなんら調べようとしないと未映子さんは責める。


ネットにはものすごい妊娠・出産についての情報が溢れているというのに。


いつも妻からの報告待ちで能動的に赤ちゃんや妻の身体のことについて知ろうとしないことに未映子さんは腹を立てる。


なるほどこれはよくわかる話だ。


あべちゃんはこの点でいえばいたって普通だと思う。


むしろこまごまとそんなことを調べている夫がいたらちょっとひいてしまうかも。


っていうわけでつまりはこれが女性と男性の妊娠・出産への態度の違いを端的に示すものなのだろう。


あと仕事と子育てへの態度の違い。


女性は

仕事をしながら子育てをするか

仕事をストップして子育てに専念するか

という悩みを負うが

男性は

仕事をストップして子育てに専念する

なんて通常はこれっぽっちも考えない。


それは男性のせいというよりも

社会の構造の問題なんだろう。


男性だってもしかしたら

仕事をストップして子育てに専念したいというひともいるかもしれないが

なかなか経済の仕組みがそれを許さない。


未映子さんとあべちゃんの家庭の場合はさらに悩ましい。


どちらも作家として一線で活躍しており

経済力はある程度ある。


また作家は自宅で仕事ができるので

高額ながらもベビーシッターを雇えば自宅で子どもを見てもらうことだってできる。


仮に保育所に預けられるとして

0歳の子を保育所に預けるべきか

子どもの“はじめて”をどれもみもらさないように自宅でベビーシッターにみてもらうか

そんなことにも未映子さんは悩むが

あべちゃんは悩まない。


あべちゃんが悩まないことに未映子さんは苛立つ。


なぜに妻ばかりが悩まなければならないのかと。


いやこの場合もあべちゃんはしっかりと冷静に考えているのだが

未映子さんにはどうしても主体性がないように見える。


まあそんなこんなでいろいろと主観と客観を

絶妙のバランスで織り交ぜて

この本は書かれている。


ぼくはちょっと重めのテーマに関心が向きがちだったのだが

もちろん未映子さんのユーモアも満載でくすくす笑えるところもある。


未映子さんもいうように

妊娠・出産と子育ては個人差が大きくデリケートな問題だから

誰でも共感できるというものではないだろうが

多くの女性の気持ちを代弁している部分もあるように思えるので

男性こそ一読しておいて損はない1冊だと思う。


男性の努力で何とかなる部分と

女性の生理的な問題故に男性の努力ではどうしようもない部分なんかがわかると

必要なところだけにエネルギーを注げるようになるかもしれない。





――きみは赤ちゃん――

川上未映子