僧に呼び止められたK。
結局そうなるのだった。
いや、ならない場合だってありうるのかもしれない。
どちらにしろ、Kにはどうしようもないことだ。
呼び止められても、無視して大聖堂を出ていくことだってまだ可能だ。
逡巡した挙句、Kは説教壇に駆け戻る。
「おまえがヨーゼフ・Kだな」
「そうです」
「おまえは告訴されている」
「そうです」「そうだと言われました。」
「それではおまえがわたしの探している人だ」「わたしは教誨師だ。」
「ああ、そうですか。」
「おまえと話をするために、わたしがここへ呼んでこさせたのだ。」
「そうとは知りませんでした」「ぼくがここへ来たのはあるイタリア人に大聖堂を見せるためです。」
「余計なことを言うではない」
信じられない展開。
裁判所はここまで入り組んだまわりくどい方法をとるのか。
僧はKに訴訟についてどう考えるか尋ねる。
あまりうまくいっていないが、自分が関係する女性たちの力を使って事態を好転させようと考えていると告げるK。
そのやりとりのあいだに、寺男が主祭壇のロウソクを消し始めている。
Kが裁判所の連中は女性に弱いという発言をすると僧は黙る。
その沈黙を、裁判所の構成員である僧の機嫌が損なわれたからだと感じて、Kは詫びる。
「あなたを侮辱するつもりで言ったんじゃありません」
そのとき説教壇の上から僧がどなる。
「おまえはいったい二歩先が見えないのか?」
大聖堂の中はすでに暗く、説教壇の上の僧だけがランプの光に浮かぶ。
この叫びをきっかけに、Kは僧に心を開く。
「おりてきたらどうですか」「説教をするわけではないんでしょう。おりておいでなさい。」
「これでもうおりてもいいだろう」「初めは離れたところからおまえと話さねばならなかった。さもないとわたしはあまりにも影響を受けやすく、自分の義務を忘れてしまうからだ。」
「ぼくのために少し時間をいただけますか?」
「時間はおまえに必要なだけある。」
ふたりは並んで暗い側廊を歩きはじめる。
Kが裁判所のことで思い違いをしているという僧。
そして法の入門書に記されている思い違いについての文章を口述する。
“法の門”
この短い文章がこの作品を象徴している。
その3に続く。
――審判〈大聖堂にて〉――
フランツ・カフカ
訳 中野孝次