〈商人ブロック・弁護士解約〉の次には、〈大聖堂にて〉となるのがブロートの配列なのだが、ビンダーによる研究でカフカが書いていったとされる順序に従って、〈頭取代理との戦い〉に進む。
カフカの生前には十分に膨らまなかった未完断章である。
ほんの6ページ足らず。
もともと、銀行内で頭取代理とは競争関係にあったK。
頭取代理は訴訟のことについては知らないだろうとKは思っているが、訴訟が始まってからというもの、仕事に集中することができず、どんどん頭取代理に差を付けられているように感じる。
KはKで、自分が訴訟に煩わされて仕事に集中できないなどと頭取代理に悟られぬよう、つとめて平静を装って頭取代理に接するのであるが、いかんせん、二重三重の疑心暗鬼に陥って、ますます心身が疲弊していく。
ある日、頭取代理がKの事務室にやってきて、Kと仕事の話をする。
Kは頭取代理に侮られまいと綿密に資料を準備しているが、話の途中で頭取代理は、Kの事務机の飾り縁の不具合が気になりだして、Kの話を聞きながら、飾り縁の修理をしようとする。
Kもだんだんと意識が朦朧としてきて、頭取代理の失礼な行動に対して毅然と対応することができない。
それでもやっとの思いでなんとか頭取代理に話を聞かせようと手で制止しようとしたりしつつ、準備したとおりに資料を熱心に読み上げる。
一方的に説明するK、飾り縁に首っ引きの頭取代理。
シュールな光景が続く。
やがて頭取代理はとうとう修理に成功したかに見えたが、一度外した飾り縁を再び机にはめ込むときに柱の一本を追ってしまう。
――「ろくでもない木だ」、と頭取代理は腹をたてて言い、事務机の仕事をやめ、腰をおろした。
ここで唐突に文章は終わるのだが、この続きを勝手に妄想するのも愉しい。
ものすごく滑稽なユーモアにあふれながら、狂気然とした雰囲気も醸し出されていて、カフカの非凡な才能を感じる。
未完断章でさえ惚れ惚れする。
――審判〈頭取代理との戦い〉――
フランツ・カフカ
訳 中野孝次