ハーモニー | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

次の問いに答えよ。


人間-自意識=







“虐殺器官”が凄く評判で、刊行からかなり経つのにその人気が衰えない。


さほどSFを読まないぼくですらしばしばこのタイトルは目にしていて、こんなに長く人気を維持できるというのなら、きっと面白い作品に違いない、いつか読もう、と思いながら今日に至るといういつものパターンであったが、最近ようやく読む気になって書店に赴いたところ、あいにく“虐殺器官”が置かれてなくて、ならばこちらも評判の“ハーモニー”を購入することにした。


“大災禍”(ザ・メイルストロム)を経た世界は、高度な福祉厚生社会を築いていた。


そこでは、生命が最も重要な資源と位置づけられ、あらゆる病を駆逐したかわりに、徹底的に健康が管理され、健康を害する習慣は排除される。


酒や煙草はもちろんNG。


カフェインさえもやり玉にあがる。


思いやりと優しさに満ち溢れた社会。


そんな社会を居心地の悪い場所と考えた3人の怜悧な女子高生。


霧慧(きりえ)トァン、御冷(みひえ)ミァハ、零下堂(れいかどう)キアン。


登場人物のネーミングがいい。


読み始めこそ変な名前だと感じたが、だんだんとこの音の響きが気に入ってきた。


特に御冷ミァハ。


ミヒエミァハ、ミヒエミァハ、ミヒエミァハ。


思わず3回繰り返してみた。


御冷ミァハはダークヒロインとしてぼくの好きなタイプだ。


彼女の危険な思想は、現実のものとしては受け入れがたいけれども、小説のなかならばとても魅力的だ。


健康であることは誰もが願うことではあるが、健康と引き替えに自由が奪われるのならば、果たしてどうだろうか。


ユートピアと思える社会のやさしさをまとった抑圧。


そんなある日、世界同時多発で大量自殺が発生する。


彼らに死の動機は見あたらない。


SFの何がいいかっていうと、細部まで考え抜かれた世界観もそうなんだけど、ぼくにとってもっと価値があるのは、倫理的な思考実験が行われていること。


人間の管理とか、反ユートピアとか、おなじみのテーマではあるものの興味深い。


フィニッシュの仕方がぼくとしては若干弱く感じたけれども、まあ全体としては面白かった。


2015年には“虐殺器官”とあわせて劇場アニメ化されるらしい。


たしかにそれっぽい作品だ。


ハリウッド映画なんかでもありそう。





人間の進化などというのは驕りで、ただの行き当たりばったりの、つぎはぎだらけの、その場しのぎの、環境に合わせた形質のパッチワークのような存在。


それは肉体的形質に限らず、喜怒哀楽の精神さえも。


やはり管理された幸福より、自由な苦悩の方をぼくは選びたいクチだ。


たとえそれが懐古趣味だといわれようとも。



――ハーモニー――

伊藤計劃