あなたとわたしのちょうどよい距離 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

――綱はすさまじい速さで、しかもなんの乱れも見せずにすべり出ていく。魚はすこしもあわてふためいた様子がない。老人は両手で綱を引っ張り、それがあやうく切れそうになるところを巧みにさばいていた。かれにはわかっていたのだ。もし適度の引きを加えながら魚を逃がしてやらなければ、魚は綱を全部たぐりだして、あげくのはてには、ひきちぎってしまうだろう。


アーネスト・ヘミングウェイ著 “老人と海”より(福田恆存 訳)


巨大なカジキマグロと、小舟に乗った年老いた漁師のかけひきの場面。


老人は、自分の誇りと、魚や海への愛をこめて、獲物と対峙する。


これは、魚とひととのやりとりでありながら、ひととひととの関係性をあらわしているようにも感じられる。


自由にさせるだけではいずれ離れられる。


かといって力強く引っ張れば相手は暴れるだろう。


適度の引きを加えながら泳がせる。


相手は引かれていることに気づかずに自由に泳いでいると信じている。


やがて相手の力が衰えて、綱を引く力も弱まってくるだろう。


そのときが勝負のときだ。


適度の引きを加えながら泳がせること。


あなたとわたしのちょうどよい距離。


かけひきを愉しむ余裕。


もちろん主導権はこちらが握っている。


と、お互いが思っているのかもしれないが。